「起業の道標-上場までのストーリー」の著者は、創業した会社を東証マザーズ(現グロース市場)に上場させた経営者です。
創業したのは、2002年3月6日、27歳のとき。
上場したのは、2021年7月6日、創業から19年後でした。
本書は、創業から上場に至るまでの経緯を辿りながら、起業家が事業を成長させるために必要な事項について論じた経営論となっています。
具体的な内容としては、事業計画の作り方、資金調達の方法、マネジメント、IPOの実現という構成です。著者は、中小企業診断士でもあるので、各フレームワークや経営理論の実務への落とし込みの書としても読むことができます。
本書から印象に残った内容を抜粋して紹介します。
Contents
1.事業計画はなぜ必要なのか
第1章のテーマは「会社」、第2章のテーマは「事業計画の作り方」。この2つの章では、中小企業診断士にとって馴染みのある経営理論やフレームワーク、切り口が多く扱われていいます。
著者が本書を「単なる一経営者の回顧録ではなく、再現性をもって経営を学ぶことができるようにしたいと考えて書き始めた」ことが伝わる内容となっています。
(1)事業計画に使えるフレームワーク
事業計画に使えるフレームワーク・考え方としては、具体的には以下などが説明されています。
・会社を構成する3要素:人・モノ・金
・マズローの欲求6段階説
・ステークホルダー図・ビジネスモデル図
・ビジネスモデル=「儲ける仕組み」=「誰が・どうして・お金を払ってくれるのか?」
・事業ドメイン:①成長市場である ②すきまがある ③強みを活かせる
・創造的模倣
・ポジショニング
・3C分析
・SWOT分析
(2)事業計画書の目的と重要性
そして、事業計画書の目的については、①人を動かす ②ビジネスを続ける ③お金を集める の3点だとして、特に、ビジネスを続けるという観点で、事業計画の重要性を説いています。
目的 | 内容 |
① 人を動かす | 多くの従業員に迷わず同じ方向に進んでいってもらう。 |
② ビジネスを続ける | 事業実行時に早期に計画との差異に気づき、対応策を考えるツールとして活用する。 |
③ お金を集める | 事業に必要な資金調達を行う。 |
現実の世界でビジネスを実行していくと必ず、何らかのギャップが生じてきます。しかし、あらかじめしっかり事業計画を検討し、作成しているからこそ、そのギャップに気づくことができ、対策を講じることができるのです。
もし事業計画を検討することなくビジネスを実行していくと、「人」、「もの(=事業)」、「金」のバランスが悪くなっていることに気づかず、いつの間にか事業を続けていくことが難しくなる場合があります。
机上ても勝てない事業計画では、現実の世界でも勝ち残ることは難しいと考えています。
時折、経営者の方に事業計画書をしっかりと作成していくべきであるとアドバイスをしても、「そんなものは机上の空論だから、実際のビジネスでは役に立たない」と言われることがあります。しかし、これはまったく違います。私はこう思っています。
机上で成功しないビジネスが現実の世界で成功するわけがない。
しかし、現実の世界では、事業計画書を作成せずに利益を上げている企業もあります。ただし、これは経営者の勘で偶然ヒット商品やサービスができてしまっただけであり、企業が長続きする可能性も上場できる可能性も非常に小さいといえます。
この件については本当にその通りと思います。机上での計画の実現可能性は、十分条件ではないものの、必要条件です。
(実際に、創業期の赤字の会社の経営数字を見させていただいて、黒字化できる売上を試算してみると、供給能力・体制がそもそも整っていない。事業計画をきちんと立てていなかったので、そうしたことに気づいていなかった。そんなことは多々あります)
2.リーマンショック後の事業の停滞期で学んだこと
第3章のテーマは「資金調達の方法」です。創業期、成長期、停滞期、変革期、飛躍期の4項に分けて説明されています。この章は、同社の創業から上場に至る経営の経緯が書かれていて、とても興味深いです。
特に「停滞期」とされている時期に、何を考え、どう経営に取り組んだかについては、多くの企業にとって示唆に富む内容となっています。
まず、同社が停滞期に陥った経緯は以下の通りです。
2008年9月期には、投資を受けてから初めての通期黒字を達成し、いよいよ上場に向けての準備をスタートしようと考えていました…。
こうした状況において、2008年9月、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングスの倒産に端を発した世界不況の波が襲ってきました。いわゆるリーマン・ショックです。
当社の主要取引先である大手IT企業もこぞってコストカットに着手するなか、当社のIT営業アウトソーシング事業は、まさにその恰好の標的となったのです。次々と契約解除を告げられ、みるみる売上が減少、あっという間に赤字に転落しました。
こうして2009年から2011年までに3年間は、売上も徐々に減少し、大幅な赤字が続き、債務超過にもなりました。
この停滞期に学んだこととしては、①資金繰りの大切さ ②慌てて動かない ③誠実な経営を続けることの大切さ の3点が挙げられています。
(1)資金繰りの大切さ
2009年からの停滞期で学んだことを振り返っておきます。
一つ目は、やはり資金繰りの大切さです。
債務超過になっても会社は倒産しません。倒産するのはお金がなくなったときです。創業時に苦労したがゆえに、早め早めに融資を受けて現預金残高を増やしていたことが功を奏しました。
(2)慌てて動かない
二つ目は慌てて動かないことです。
当時の監査役が教えてくれました。
「このような不況のときに慌てて新規事業を行ってはいけない。
本業だけを実直に続けていくべきである。
なぜなら、新規事業を行うためにはさらなる投資が必要になる。本業が落ち込んで資金が減り、さらに新規事業への投資で資金が減る。
そうして潰れていった会社をこれまでたくさん見てきた。
慌てず、本業だけを実直に続けていく方がよい」このアドバイスはまさに的確でした。
もし、あのとき、本業が落ち込んできたからといって、慌てて新規事業をスタートしていたら、すでにこの会社はなくなっていたと思います。
(3)誠実な経営を続けることの大切さ
そして、三つ目は、誠実な経営を続けることの大切さです。
公私混同をせず、誠実な経営を続けていた姿勢を、当時の株主であるベンチャーキャピタルも、融資を続けてくれていた銀行も高く評価してくれました。
それが株主の買戻しのときにも、追加の融資のときにも大きなプラス材料となっていたことを後から聞きました。
私自身、決してプライベートまで誠実に生きているとは言いません。
しかし、経営者としては誠実な経営を創業時から心がけてきたことが生き残れた大きな要因となったと考えています。少なくとも会社のお金で飲みに行ったり、車を買ったりするようなことはしませんでした。
最後に判断するのは人です。その会社を助けるべきか、潰すべきかを判断するのも人なのです。
以前に著者にお話をお聞きしたことがあります。
そのときに「経営で一番大事にされていることは何ですか?」とお尋ねしたところ、
「その問いの答えは簡単。全ステークホルダーの満足のバランスを取ること」と即答されていました。とても印象的な言葉でした。
この言葉にも、誠実な経営姿勢が表れているように感じています。
3.「起業の道標-上場までのストーリー」目次
第1章 会社という存在
■ 人はなぜ働くのか
■ 会社とは何か
■ 経営視点を身につける
■ 経営は矛盾との戦い
第2章 事業計画の作り方-会社の道標-
■ なぜ、事業計画が必要なのか
■ 事業ドメインを考える
■ ポジショニング
■ 新規事業に必要なビジネスアイデア
■ ビジネスプランは儲けるための仕組み
■ ビジネスプランの礎
■ 成功するためのビジネスプランの策定
■ 目標達成のためのKPI(業績評価指標)の設定
■ バランス・スコアカードの活用
■ 事業計画の策定
■ 新規事業が生まれるとき
■ その事業は10年先も存在しているか
第3章 資金調達の方法-ステージ別の実例-
■ 資金調達を成功させるために重要なこと
■ 創業期(2002年~)の資金調達
■ 成長期(2005年~)の資金調達
■ 停滞期(2009年~)の資金調達
■ 変革期(2012年~)の資金調達
■ 飛躍期(2016年~)の資金調達)
第4章 経営者とマネジメント
■ 経営者に求められる資質
■ 組織に必要なマネジメン
第5章 IPOの実現-上場への道標-
■ 上場するとは
■ なぜ多くの経営者は上場を目指すのか
■ IPOとは
■ 外部支援機関の助言は不可欠
■ 当社の上場への道のり
■ 最初のハードル「資金調達」
■ 融資と投資を知る
■ 補助金と助成金を知る
■ ベンチャーキャピタルを知る
■ ベンチャーキャピタルからの投資
■ 資本政策を学ぶ
■ ストックオプションと持株会の考え方
■ 上場への道標
あとがき
「起業の道標-上場までのストーリー」
BCC株式会社 代表取締役社長・中小企業診断士 伊藤一彦氏著
中央経済社
4.経営戦略の大切さを伝える
今、著者はご自身の実践からの学び・知見を全国の中小ベンチャー企業に伝える活動に取り組まれています。
その一つが経営戦略の策定・管理をデジタル化したWEBサービスの「ビズクリ」や経営戦略を学ぶメディア「ビズクリナレッジ」の運営です。
著者の知見を学びたい方には有効なツールではないでしょうか。