会社の値段とは-企業価値評価の基本

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会社の値段とは-企業価値評価の基本

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ここ数年で、M&Aという手法を活用して、事業承継することが一般的になってきています。
親族以外の人に事業承継することを「親族外承継」、「外部承継」などと言います。

そのときに気になることの一つが「いくらで譲るのが妥当なのか?」ということです。
つまり「会社の値段」のつけ方です。

実は「会社の値段」のつけ方に客観的かつ絶対的な正解というものはありません。
第三者に承継する場合、当事者同士が納得する価格であればよいのです。

では、「会社の値段」のつけ方の基本はどうなっているのでしょうか。

親族外事業承継の考え方・進め方-M&A・MBOとファンドの活用」(永松博幸著)を元に基本の考え方を説明します。

1.「親族外事業承継の考え方・進め方」(永松博幸著)

「親族外事業承継の考え方・進め方-M&A・MBOとファンドの活用」(永松博幸著)は、「企業オーナーが自分の子供や親族以外の『他人』へ事業を承継する際の失敗しない方法や考え方」について書かれた本です。

本書のまえがきで「経営者として将来の会社のあるべき姿や長期戦略を考えることが、事業承継の成功につながる」という考え方が紹介されています。

そして、「親族外承継においては、3つの領域の知識が重要です。すなわち税金、M&A、経営戦略です。効率的な計画立案を行い、采配を振るうためにはそれぞれの分野について最低限の知識は必須です」として、幅広い内容を網羅しています。

本記事では、本書の中から特に「会社の値段」算定について書かれた箇所について、ご紹介します。

2.企業価値と株式価値の違い

まず、押さえるべきポイントの一つ目は、企業価値と株式価値の違いです。

本書には、企業価値と株式価値の違いについて、以下のように記されています。

会社の値段を知る上で最初に理解しておくべき概念は「企業価値と株式価値の違い」です。

企業価値とは、借入金も含めた企業全体の価値のことで、純有利子負債と株式価値の合計額です。

純有利子負債とは、有利子負債から手許にある使用可能な現金預金を差し引いた金額です。

企業は設備投資等のために借入れも行っていますから、まずは負債も入れた形で企業全体の価値を算出し、その価値から手許現預金ですべてを返済した残額である純有利子負債を控除したものが株式の価値という考え方です。

上記をまとめると以下の3つの式が導き出されます。

・企業価値 ≠ 株式価値
・企業価値 = 株式価値 + 純有利子負債
・純有利子負債 = 有利子負債 - 現金預金

貸借対照表で、負債の部と純資産の部の合計が資産の部であることをイメージすると、わかりやすいかもしれません。

資産の部と負債・純資産の部を横に並べると、左上に現金預金があります。その現金・預金の額を除外して、企業価値を考えるということですね。

現金預金
有利子負債
企業価値 純有利子負債
株式価値 =「会社の値段」

企業を譲渡するということは、株式の譲渡であるので、上の図の株式価値の部分が「会社の値段」になります。

・会社の値段 = 企業価値 - 純有利子負債

この式の意味は「会社の値段」を算出するために、まず企業価値を評価し、そこから債権者に属する純有利子負債を差し引いて計算するということです。

なお、純有利子負債は、「正味有利子負債」や「ネット有利子負債」という言い方をすることもあります。

3.企業評価の3つのアプローチ

企業価値と株式価値の相違を踏まえた上で、本書では、企業評価の実務において、次の3つのアプローチが用いられていることが説明されています。

① 収益基準(インカム・アプローチ)
② 市場基準(マーケット・アプローチ)
③ 原価基準(コスト・アプローチ)

それそれについて以下に説明します。

① 収益基準(インカム・アプローチ):対象企業の収益力に着目する

インカム・アプローチとは、企業活動から得られる将来の収益やキャッシュ・フローに基づいて株式の時価を算定する方法です。

インカム・アプローチの代表的な方法として、キャッシュ・フローの現在価値に基づいて計算する「ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法(DCF法:Discounted Cash Flow method)」があり、実務で広く用いられています。

DCF法の具体的な計算方法としては、まず、企業が将来的に生み出すキャッシュ・フローの金額を計算します。計算方法は以下の通りです。

・EBIT = 経常利益-受取利息+支払利息
・NOPAT = EBIT ×(1-実効税率)
・FCF = NOPAT+償却費等-設備投資等-運転資本増加分

EBIT(Earnings Before Interest and Taxes:イ―ビット)は経常利益から受取利息を差し引き、支払利息を足し戻して計算します。

営業外損益が受取利息と支払利息だけの企業では、営業利益と同じ金額になります。

雑収入や雑損失など他に営業外損益がある企業では、営業利益にそれらの営業外収益を足し、営業外費用を引いた値になります。

NOPAT(Net Operating Profit After Taxes:ノーパット)は、EBITから税金を引いた金額です。税引後営業利益と理解すればいいでしょう。

FCFとは、フリーキャッシュフローのことです。

このキャッシュ・フローの金額を現在価値に割り戻します。割引率には、加重平均資本コスト(WACC)を使用します。

・割引率=自己資本比率×自己資本コスト+他人資本比率×他人資本コスト
・企業価値 = 将来キャッシュ・フローの現在地の合計
      = 各年度のFCF×割引率の合計値
・株式価値 = 企業価値 - 純有利子負債 + 遊休資産金額

DCF法以外の方法としては、株価倍率法による計算方法も紹介されています。

株価倍率法による計算の例として、以下が記載されています。

予想EBITDA 936
EV/EBITDA倍率 7.2 (倍)
企業価値 6,739 (=936×7.2)
現預金 +) 300
有利子負債 -) 520
株式価値 6,519

EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization:イービットディーエー)とは、利払い・税金・償却前利益です。

営業利益に減価償却費などの償却費を足し戻すことで計算できます。

本書では、EV/EBITDA倍率を「特に投資のプロである機関投資家の間では、企業の正常な収益力を最もよく表す指標と見なされている」と説明しています。

② 市場基準(マーケット・アプローチ):対象企業の市場での取引価額に着目する

マーケット・アプローチとは、大正企業または対象企業に類似する企業の市場での取引価格を参考にして、株式資本価値を算定する方法です。主として

1.株式市価法:対象企業の株式市場における株価を用いる
2.株価倍率法:対象企業に類似している企業の株式市場における株価倍率を参考にする

という2つの評価方法があります。

株式市価法は上場企業にしか使用できませんが、株価倍率法については非上場企業でも使用できます。

③ 原価企業(コスト・アプローチ):対象企業の再構築コスト等に着目する

コスト・アプローチとは、基本的に資産および負債の時価を基準に、企業価値を算定する方法です。

理論的には、個々の資産について再調達原価を評価し、これを累計して合計額を算定した後、帳簿上および潜在的に存在する負債を差し引いて、対象企業の株主持分の金額を算定します。

しかし、一般的にはすべての資産の再調達原価を厳密に算定することは困難であるため、実務的には、資産の調達コストを表している帳簿価額を基礎に修正を行っていく「修正簿価法」が採用されることがほとんどです。

例えば、土地などで含み益がある場合、簿価を時価に修正して純資産を求めることになります。

また、小規模なM&Aにおいても実務上この手法を基礎とする場合が多く、その場合、のれんを考慮することができないという弱点を補うために、数年分の利益数値等をもってのれんとします。

(ただし客観的なデータではなく、年数も売買当事者や仲介業者の主観である場合がほとんどです)

実態純資産額に数年分の利益をプラスして、企業価値を算定する方法を一般的に「年買法」(ねんばいほう)と言います。

中小企業のM&Aにおいて、一般的な「会社の値段」のつけ方です。

4.本書の内容紹介

本書の内容は以下の通りです。

はじめに
第1章 会社の現状を確認する
第1節 早めの開始がカギ
1.成功したからこそ…
[1] 進む少子高齢化
[2] 親族外への事業承継という選択肢

2.“見えない資産”こそ重要

第2節 会社の値段
1.企業価値の考え方
[1] 3つのアプローチ
 ① 収益基準(インカム・アプローチ):対象企業の収益力に着目する
 ② 市場基準(マーケット・アプローチ):対象企業の市場での取引価額に着目する
 ③ 原価企業(コスト・アプローチ):対象企業の再構築コスト等に着目する

[2] 非上場の株式価値の税法における考え方
 ① 類似業種価額方式
 ② 純資産価額方式

[3] 非上場の株式価値のM&Aにおける考え方
 ① DCF法
 ② 株価倍率法

2.次世代に引き継ぐべき”見えない資産“

第3節 次世代へ向けた施策
1.事業承継の真の目的は
[1] 相続税の問題
[2] 事業承継をめぐる最近の動き
[3] 会社の存続が第一

2.上場だけではない創業者利潤の獲得法
[1] IPOを検討する
[2] 譲渡先を検討する

3.誰に、何を継がせるのか
[1] 親族内か親族外か
[2] 親族外の個人に対する承継

4.経営課題としての事業承継の本質
[1] 100年後に向けたオーナーの志
[2] 具体的な事業計画
[3] 内部環境分析
[4] 外部環境分析

5.のれんを守るために
[1] ビジョン・社風
[2] 経理・財務
[3] 営業・製造・マーケティング・研究開発

第2章 親族外事業承継における選択肢
第1節 「いくら」で、「誰」に、「どれくらい」託すか
1.「いくら」で承継させるか
[1] 取引相場のない株式の“時価”とは
[2] M&A等における“会社の時価”とは
[3] 税法における“株式の時価”とは

2.「誰」に承継させるか
[1] 親族外への個人への承継
[2] 資金政策の検討
[3] 借入れ先の検討

3.「どれくらい」承継させるか
[1] 事業をすべて譲渡する場合
[2] 会社の一部事業は残す場合
[3] オーナーが株式を一部残す場合

第2節 戦略的パートナーの活用
1.単独か共同か
[1] 共同成長
[2] 単独成長

2.買い手の論理-事業会社の場合
[1] 「1+1>2」をめざす、または「時間を買う」
[2] ライフサイクル仮説
[3] 事業会社のM&A対象選別プロセス

3.買い手の論理-投資ファンドの場合

第3章 親族外事業承継におけるM&Aの活用
第1節 事前準備段階
1.M&Aのチーム組成
2.実態把握
3.アドバイザーの選定
4.譲渡先広報のスクリーニング
 ① ファイナンシャル・アドバイザーに探索を依頼
 ② 長年の取引関係がある先にオーナー等が打診
 ③ 自ら買い手候補となりそうな企業を調査する
 ④ 金融機関にコンタクト依頼する

5.初期的開示資料の作成
 ① ティーザー(Teaser)
 ② IM(Information Memorandums)
 ③ スケジュール
 ④ プロセス・レター

6.予備的譲渡価格の試算
7.ストラクチャーの検討
8.秘密保持契約書の作成

第2節 M&Aの実施段階
1.秘密保持契約の締結
2.基本合意書の締結
3.デューデリジェンス
[1] 財務デューデリジェンス
[2] 法務デューデリジェンス
[3] 税務デューデリジェンス
[4] ビジネス・デューデリジェンス
[5] その他(人事デューデリジェンスや環境デューデリジェンス)
[6] デューデリジェンス検出事項への対応

4.最終合意・契約書の締結
[1] 定義
[2] 価格
[3] 前提条件
[4] 表明保証
[5] 制約事項
[6] 賠償
[7] 雑則・一般条項
5.クロージング
6.統合活用

第4章 親族外事業承継におけるMBOの活用
第1節 なぜMBOか
1.MBOのメリット
2.MBO活用に適した会社
[1] 成長へのストーリーが重要
[2] 投資判断基準としてのIRR
[3] 財務的条件

第2節 MBOの実施プロセス
1.スポンサー候補の選定
2.資金調達の準備
3.最終合意・契約書の締結
4.買収目的会社(SPC)の設立
5.資金調達の実施
[1] 買収ファイナンスの概要
[2] ローンとメザニン
[3] 財務制限条項
[4] 財務モデリング

6.株式買収
7.少数株主の排除(スクイーズ・アウト)
[1] 株式交換方式
[2] 全部取得条項付種類株方式
[3] 合併方式

8.合併
9.MBOの留意点

第5章 親族外事業承継におけるファンドの活用
第1節 身の周りにもいるファンド
1.「物言う株主」や「ハゲタカ」
[1] アクティビストファンド
[2] “ハゲタカ”ファンド

2.プライベートエクイティ(PE)ファンド
3.投資信託
4.ヘッジファンド
5.ベンチャー・キャピタル
6.投資育成
7.不動産ファンド
8.その他

第2節 一般的なファンドの構造
1.宝くじファンドを作る
2.ファンドの組成と運営

第3節 事業承継に活用可能なファンド
1.PEファンドの投資テーマ
2.PEファンドの近年の状況
おわりに