「債権の良質化における新展開」(水野浩児氏著)

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「債権の良質化における新展開」(水野浩児氏著)

債権

「債権の良質化における新展開」(水野浩児氏著)は金融機関目線(及び企業支援者目線)で書かれた書籍です。

著者は元銀行員の方です。銀行員から研究者に転身され、現在は、追手門学院大学で経営学部の教授をされています。

なので、ここでいう「債権」とは、金融機関から企業に貸し付けた資金のことです。企業から見ると借入金ですが、金融機関から見ると「債権」です。

1.「債権の良質化」とは

次に「債権の良質化」とは何でしょうか。

これについては、「不良債権」という言葉を考えると、イメージしやすいでしょう。不良債権とは、回収が困難な債権です。

経営が悪化して、企業が借りたお金の返済ができなくなると、それは不良債権になります。なので「債権を良質化する」とは、債権の質を良いものにする、つまり、企業の経営を良化することと言えます。

本書では以下のように説明されています。

一昔前まで、金融機関にとって「良い債権」とは回収可能性の高い債権のことを指していた。そのため不動産担保や保証に頼る実務が当然になっていた。それが、ABLや事業性評価の考え方を経て、コロナ禍が後押しするかたちで、債権に対する考え方にパラダイムシフトを起こした。

「債権に対する考え方のパラダイムシフト」の具体的な内容としては、以下のように説明されています。

良質な債権の捉え方が「担保や保証」で保全されたものから、事業性評価等により、事業の将来性を的確に評価したり、事業の継続・発展に向けて金融機関が本業支援することで、計画を立てながら事業者を支えていくことこそが、金融機関が有する債権を正常化させるものとの考えにシフトしていくこととなった。

そして、金融機関の支援の方向性としては以下のように説明されています。

事業者支援は「経営が悪化している会社をいい会社にしていきましょう」という取り組みになる。「いい会社」の定義は何か。定義づけるのは非常に困難を極める。ただ、「悪くない会社」は明確に定義づけることができる。それは「返済しないといけないお金を10年以内に返済するキャッシュフローが見込める計画が立てられる会社」である。要は経営改善計画が策定できる会社は「悪くない会社」といえる。

2.「債権の良質化」の前提条件は、協力関係・信頼関係

本書は、担保や保証で保全された債権を「良質」とする「静的」な考え方から、金融機関自らが能動的に企業経営に関与することで、経営の質を向上させるという「動的」な考え方にシフトしていることを法的な論点や金融行政等の観点などから解説している本です。

そして、その「債権の良質化」の前提としているのが金融機関と企業、また銀行員と経営者の協力関係・信頼関係です。本書からその関連の記述を引用して紹介します。

銀行の決算は、一般的な企業と異なり、貸倒引当金の考え方で大きく変化する構造になっている。例えば、破綻懸念先と評価された債権については、個別に引当を行う必要性があり、それは銀行にとって単年度であっても大きな影響が出てしまう。

貸倒引当金を計上している取引先の将来性が評価できれば、その貸倒引当金は取崩すこととなり、利益として計上できる。債権者と債務者が協力し合っていれば、債権は永久に毀損することはないといえるのではないか。

事業性評価に基づく融資を的確に行うためには、債権者である金融機関と債務者である取引先企業が同じ目線で事業の成長可能性などを把握する必要があり、協力関係が前提となる

ABLに始まり、事業性評価や包括担保法制などこれからの金融実務において、債権者と債務者による協力関係はこれまで以上に重要視されることになるだろう。債権者と債務者の協力関係とは、銀行員と社長の信頼関係である。

(なお、企業側の立場から考えると、金融機関と企業の間には、情報の非対称性があること、両者の関係性が企業経営に及ぼすインパクトが大きいことなどから、金融機関側の行動変容が先行する形での信頼関係・協力関係の構築が必要ではないかと考えます)

3. 金融行政の変遷

本書では、金融行政の変遷についてもまとめられており、金融行政が時代の要求に合わせて、どのように変遷したかが概観できるようになっています。

例えば、「金融庁検査の本質的意義」の項では、自己査定制度の導入と金融監督庁、金融検査マニュアルの開始について以下のように説明されています。

バブル崩壊までは、大蔵省が金融機関の経営について事細かく指導を行う一方で、金融機関の健全性を業態内の優劣にかかわらず事実上保証する、いわゆる護送船団方式の体制となっていた。そのため、預金は事実上全額元本保証された状態となっており、実務上も貸付金債権の回収可能性を的確に見積もる必要はなかった。

しかし、平成7年(1995年)頃からの金融機関の破綻が相次ぎ、金融システムの安定が重要課題となったことで、資産の内容を的確に把握する機運が高まり、自己査定制度が導入されることとなった。

平成9年(1997年)3月に旧大蔵省金融検査部長から金融証券検査官宛に「早期是正措置制度導入後の金融検査における資産査定について」との通達が発出された。その中で金融機関における自己責任原則の徹底を前提とし、資産査定の正確性及び償却・引当の適切性について実態を把握することや、法令等の遵守状況に主眼を置くことならびに資産査定に係る分類も示され、平成10年(1998年)3月期決算より、自己査定が本格的にスタートした。

また、平成10年6月には、金融の円滑化および証券取引の公平を確保する目的で金融監督庁が誕生し、平成11年(1999年)には、金融監督庁検査部長名で「預金等受入期間に係る検査マニュアルについて」との通達が発出され、新たな金融検査マニュアルが誕生した。

平成12年(2000年)7月には、金融監督庁と大蔵省金融企画庁が統合し、安定的で活力ある金融システムの効率と金融市場の効率性・公平性の確保を理念に掲げた金融庁が発足した。

下表に本書で説明されている、金融行政の変遷の概要をまとめています。

主要な出来事
平成10年(1998年) 金融監督庁発足時の長官発言
「今後の金融監督庁の運営に当たっては、以下の5点を柱としたい。
第1 明確なルールに基づく「公正で透明な金融監督の確立」
第2「厳正で実効性ある検査の実施とモニタリングの充実」
第3「海外の金融検査監督当局等との連携強化」
第4「専門性の向上と高いモラルの保持」
第5「検査・監視・監督体制の計画的な整備」
平成11年(1999年) 金融検査マニュアル策定
平成12年(2000年) 金融庁発足時の長官談話
平成14年(2002年) 金融再生プログラム策定-「主要行の不良債権比率を現状の半分程度に低下」と目標設定
平成15年(2003年) リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム策定
平成21年(2009年) 中小業等に対する金融円滑化のための総合的なパッケージの公表
平成25年(2013年) 金融モニタリング基本方針の策定-事業性評価モニタリングの開始
平成26年(2014年) 金融モニタリングレポートの公表
平成27年(2015年) 金融行政方針の策定
平成28年(2016年) 金融レポートの公表
平成31年(2019年) 「金融仲介機能の発揮に向けたプログレスレポート」を公表-今後、金融育成庁として地域金融機関の企業支援機能の向上をはじめ、地域経済の育成に向けた各施策に取り組むことを明言
令和元年(2019年) 心理的安全性の確保を謳う新しい金融行政方針・金融検査マニュアル廃止
令和2年(2020年) 「担保法制の見直しに係る問題提起」(事業成長担保権

また、2018年4月に信用保証協会法が改正され、保証協会の経営支援については「主業務である債務の保証を妨げない限度で行うことができる」ようになり、保証協会が中小企業の経営支援に関与しやすい体制が整ったことについても説明されています。

4. 事業成長担保権の利用局面

なお、事業成長担保権については、利用局面について以下のように説明されています。

事業成長担保権が活用される対象は「将来キャッシュフローが見込まれる取引先企業」が前提になってくる。そうすると、事業成長担保権は多様な場面で利活用され、多くの企業を救済することを前提とした仕組みではないかもしれない。

この点について「当面の間はニューファイナンスかリファイナンスの局面に限られてくるだろう」との指摘もなされている。ここでいうニューファイナンスとは創業支援を指し、リファイナスは再生支援を指すことになる。

現状、スタートアップ支援や事業再生支援は保証協会や公的機関の保証などをベースに資金調達しているところがあるため、事業成長担保権が導入されることで金融実務が発展していくイメージを描くことができるようになる。

5.「債権の良質化における新展開」目次

まえがき

序説 金融実務における良質な債権の考え方の新展開と行動立法学

 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.債権の柔軟性と実務の硬直性から着想を得た債権の本質的意義への気付き
 Ⅲ.債権の本質的意義からの実務の考察と実務界のパラダイムシフト
 Ⅳ.行動立法学的観点からの新しい法解釈
 Ⅴ.ビジネス法務における教授法の重要性
 Ⅵ.ビジネス法務学へのパラダイムシフトと良質な債権の考え方へのアプローチ

第1章 金融実務から考察する債権の本質

>第1節 不良債権処理の根本的問題と部分貸倒れの損金算入の必要性>
 ― 円滑な金融機能回復を目指して ―
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.不良債権処理と繰延税金資産問題の因果関係
 Ⅲ.法人税の検証(22条・33条の考察)
 Ⅳ.おわりに

第2節 債権者、債務者双方からの貸倒損失のアプローチの重要性
 ― 資金調達環境改善の後押し ―
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.貸倒損失の判断
 Ⅲ.興銀事件
 Ⅳ.資金の流れを重視した貸倒損失の判断アプローチ
 Ⅴ.金融機関における適正なディスクロージャーと会計処理
 Ⅵ.まとめ

第3節 譲渡禁止特約と譲受人の重過失に関する判例の考察
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.第1判例
 Ⅲ.第2判例
 Ⅳ.考察
 Ⅴ.結び

第4節 金融円滑化法期限到来から考察する債権譲渡の実相
 Ⅰ.資金調達の多様化と金融円滑化
 Ⅱ.金融円滑化法期限到来の影響
 Ⅲ.ABL融資活用の及ぼす影響
 Ⅳ.結び

第5節 金融円滑化における担保のあり方と債権譲渡の実相
 Ⅰ.金融の仲介機能の発揮
 Ⅱ.ABLの観点から考察する債権譲渡の実相
 Ⅲ.運転資金ファイナンスと在庫評価の確立
 Ⅳ.結び

第2章 ビジネス法務学につながる事業性評価と債権の本質的意義

第1節 現代における債権譲渡行為の実相とその問題点
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.現在における債権譲渡の実相
 Ⅲ.債権譲渡をめぐる判例法理の検証
 Ⅳ.金融庁検査における債権譲渡担保の実相
 Ⅴ.結び

第2節 企業経営における事業性評価のポイント
 ― ローカルベンチマークの活用 ―
 Ⅰ.金融行政の変遷と事業性評価
 Ⅱ.担保保証から事業性評価へ(債権の質向上への取り組み)
 Ⅲ.ローカルベンチマークの活用
 Ⅳ.ABLを活用した事業性評価

第3節  中小企業金融における事業性評価の本質的意義
 ― 金融検査マニュアル廃止後における良質な債権の考え方 ―
 Ⅰ.地域金融機関を取り巻く環境の変化
 Ⅱ.事業性評価と関連施策の変遷
 Ⅲ.地域金融機関の事業性評価融資の取り組み
 Ⅳ.債権の本質的価値と事業性評価の牽連性
 Ⅴ.これからの地域金融機関への期待

第3章 行動立法学からみる包括担保法制(事業成長担保権)

第1節 地域金融に有益な包括担保法制と行動立法学
 ― 本業支援に必要な事業性評価の応用と債権の本質を考える ―
 Ⅰ.はじめに ― 地域金融機関が目指す方向性とは ―
 Ⅱ.良質な債権の考え方と金融検査マニュアル廃止の影響
 Ⅲ.包括担保法制の検討に必要な実務の影響とABLの教訓
 Ⅳ.立法者の姿勢と行動立法学の提唱
 Ⅴ.地域経済エコシステムの中核を担う地域金融人材とは

第2節 顧客支援と包括担保法制の牽連性
 ― 生かす担保ABLの考え方の再評価と事業性評価に基づく融資 ―
 Ⅰ.包括担保法制と顧客支援の牽連性
 Ⅱ.生かす担保 ― ABLの再評価と包括担保法制 ―
 Ⅲ.ABLの応用とこれからの顧客支援
 Ⅳ.包括担保法制の円滑な導入とABLの再評価

第3節  中小企業金融の近未来と事業成長担保権の評価
 ― ABL再考 ―
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.行動立法学的観点からのアプローチの必要性
 Ⅲ.事業成長担保権の利用局面・生かす担保としての活用
 Ⅳ.事業者(担保設定者)の行動変容
 Ⅴ.人材育成(目利き力)とコンサルティング機能

第4章 ビジネス法務学と実務をつなぐ教授法の実践

第1節 私の実務家教員論 ― 銀行員から大学学部長へ
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.金融機関での経験と研究者への想い
 Ⅲ.研究内容の紹介
 Ⅳ.結びにあたって ― 「現実」の理解を

第2節  金融機関職員に求められる能力とは
 コンサルティング能力向上講座(第1回)
 Ⅰ.はじめに ― 現在の金融業界の現状と課題 ―
 Ⅱ.金融行政の変遷と事業性評価導入の経緯
 Ⅲ.ローカルベンチマークの活用と支援者間の連携
 Ⅳ.担保・保証に頼らない融資の実践

第3節 令和の金融への対応、地域金融機関の常識を変える必要性
 令和時代に求められる地域企業支援のための人材育成(第1回)
 Ⅰ.はじめに
 Ⅱ.令和の金融の本質
 Ⅲ.令和の金融と人材育成
 Ⅳ.債権の本質的意義から金融機関のあり方を捉え直す

第4節  実抜計画とロカベンの併用で「伴走支援」を確固たるものに
 ― 企業評価から地域理解へのウイングを広げ、共にリスクテイクを ―
 Ⅰ.ゼロゼロ融資に惑わされない「債権の本質的意義」に基づいた本業支援とは
 Ⅱ.金融検査マニュアル廃止と将来キャッシュフローの重要性
 Ⅲ.実抜計画への再注目とローカルベンチマークの親和性
 Ⅳ.地域経済における金融機関の役割とは

第5節 ローカルベンチマークを活用した企業支援のすすめ
 ローカルベンチマークと企業支援 ~金融機関と企業の対話~
 Ⅰ.金融機関が注力する「事業性評価に基づく融資」とは
 Ⅱ.ローカルベンチマークが金融実務に役立つポイント
 Ⅲ.財務情報と非財務情報の関連性
 Ⅳ.中小企業活性化と企業の在り方
 Ⅴ.経営者の行動変容につながるローカルベンチマークの活用

第5章 ビジネス法務学への期待及び債権の良質化の変容と展望

第1節 「水野ゼミ」によるビジネス法務学の実践と教授法の事例
 Ⅰ.「水野ゼミ」発足までの経緯
 Ⅱ.「水野ゼミ」の活動記録
 Ⅲ.地域金融機関が持つべきサスティナブルの観点

第2節 ABL再考 ― 事業成長担保権への展開とビジネス法務学
 Ⅰ.金融機関の事業者支援体制とビジネス法務学への期待
 Ⅱ.事業性評価と新しい担保法制
 Ⅲ.ABL再考 ― 事業成長担保権へのアプローチ
 Ⅳ.ビジネス法務学への期待とABL再考 ― SDGsと地域金融 ―

第3節 債権の良質化の変容と展望
 Ⅰ.金融ビジネスとSDGsの関係性
 Ⅱ.ビジネス法務学の担い手とは
 Ⅲ.ビジネス法務学の「教授法」の確立に向けて
 Ⅳ.金融実務から考察する債権の良質化の変容
 Ⅴ.「結び」として

債権の良質化