「顧客本位で成功する!資産形成・投資の提案営業術」(森脇ゆき氏著)

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「顧客本位で成功する!資産形成・投資の提案営業術」(森脇ゆき氏著)

資産形成・投資の提案営業術

「資産形成・投資の提案営業術」(森脇ゆき氏著)は、2つの信用金庫、2つの信託銀行で勤務経験のある著者が、金融機関の役職員向けに、資産形成・投資の提案営業方法について解説した指南書です。

本書の趣旨としては、地元の金融機関が安心して資産形成・投資の相談ができる場になることを願って書かれています。

金融機関の役職員向けに書かれた著書ですが、同時に資産形成・投資について学びたい人にとっても基本的な考え方が学べる内容となっています。

(たとえば、コラム「ドル・コスト平均法がマイナスになるとき」などは投資を行う人が知っておいた方がよい内容と言えるでしょう)

1.「やり方」の前に「あり方」を重視

本書は、以下の4つの章から構成されています。

タイトル 内容
第1章 国民の資産形成と金融機関の果たすべき役割 金融機関が資産形成・投資の提案営業を実践することの意義
第2章 顧客本位であること 顧客本位を貫徹することの重要性
第3章 資産形成・投資提案営業の実践 顧客本位での資産形成・投資の提案営業の実践(心構え+3ステップ)
第4章 提案営業が実践される環境づくり 経営陣に向けた提言

上表の章構成からわかる通り、本書では意義や重要性に多くのページが割かれています。

本書のタイトルは「資産形成・投資の提案営業術」ですが、本書の論点の多くが「やり方」以前の「あり方」に軸足を置いた内容となっています。

なぜ、「あり方」を重要視するのか。著者のそのスタンスの理由は、現場での金融商品の販売経験にありました。

著者が金融商品の販売に関わるようになったのは、2007年4月。当時は、2003年頃から始まった米国の住宅バブルが牽引する世界的な好景気の末期だったと言います。

たとえば、2007年6月に新設された欧豪リートは発売の前から注文が殺到するような人気ぶり。

そんな状況下で、多くのお客様が自分のリスク許容度に見合わない投資行動を続けていたとのことです。そして、そこに訪れた2008年9月の世界金融危機(リーマン・ショック)。

時期 出来事
2003年頃 米国の住宅バブルがけん引する世界的な好景気
2007年6月 米国サブプライムローン問題の顕在化
2008年9月 世界金融危機(リーマン・ショック)

お客様が購入された金融商品のほぼ全てが暴落。2007年6月に募集開始した、欧豪リートの基準価格も、募集開始時の10,000円から、2009年3月10日時点で1,781円に暴落します。

当然、職員はお客様のフォローに追われます。著者は、この時のお客様とのやり取りを通じて、次のようなことを痛感したと言います。

・銀行員の提案方法によっては、お客さまが提案者に依存した状態となり、内容を把握しないまま金融商品を購入してしまうリスクがあること。
・自立して、自分自身で判断して資産形成に取り組むお客さまを増やしたいと思ったこと。
・そして、そのような自立したお客さまに伴走できる銀行員になりたいと思ったこと。

これらをご自身の「顧客本位の原点」として本書で紹介されています。

2. なぜ、金融庁は金融機関に「フィデューシャリー・デューティー」を求めているのか

本書を読んで、なるほどと思ったことの一つは、時代背景の変遷についての説明です。銀行等の投信窓販がスタートした時代背景について、本書では下表の出来事を上げています。

主要な出来事
1997年 山一證券が自主廃業を発表
1998年 日本長期信用銀行や日本債券信用銀行の破綻。
銀行等の投信窓販がスタート
1999年 「金融検査マニュアル」の公表

1999年に公表された「金融検査マニュアル」は、不良債権の増大による金融機関の相次ぐ破綻等を受けて、金融機関の財務健全性を高め、金融システムの安定を図る施策として導入されたものです。

著者は、「金融検査マニュアル」が投信窓販に与えた影響について、本書で以下のように説明しています。

「金融検査マニュアルの登場によって、お客さまに対して現場の担当者が自ら考えて主体的に接することよりも、ルールに従い接するということが重要視される時代に入ります。投資商品販売が積極的に行われるようになったのは、まさにこのような状況においてだったのです。

ルール遵守と自金融機関の財務健全性に意識が向かうことで、投資商品販売が単に新たな収益源としてみなされてしまったことが、今日の顧客本位の業務運営に影を落としていると言えるでしょう。」

このような時代背景の説明を読むと、物事を俯瞰して理解しやすくなりますね。

なお、お客さまの利益よりも、自金融機関の収益を優先して、投資商品販売が行われるようになった状況を受け、金融庁は金融機関に対して、「フィデューシャリー・デューティー」(信認される者の義務)を果たすことを求めるようになりました。

下表は、本書で説明された金融庁のメッセージをまとめたものです。

時期 項目 内容等
2014年9月 平成26事務年度 金融モニタリング基本方針 資産運用に関して「フィデューシャリー・デューティー」という言葉が初めて使われる。
2015年9月 平成27事務年度 金融行政方針 「フィデューシャリー・デューティー」の徹底を図ることが強調される。
2016年10月 平成28事務年度 金融行政方針 「顧客本位の業務運営を行うべきとの原則」(フィデューシャリー・デューティー)の確立・定着が示される。
2017年3月 「顧客本位の業務運営に関する原則」策定 金融機関に顧客本位での商品・サービス提供の実践をしていく取組方針の策定・公表を求める。
2018年6月 「共通KPI」の提示 投資信託の販売会社に指標の公表を期待する。
2020年8月 「重要情報シート」の活用提言 顧客が金融商品を選ぶときに役立つシート
2021年1月 「顧客本位の業務運営に関する原則」の改訂 具体的内容の充実
2022年 「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」 一部改正

本書では、著者が金融機関で金融商品の販売に携わっていたときに、お客さまの立場に立った行動で信頼を得て、お客様がファンになってくださったエピソードが紹介されています。

そして、その経験から「『フィデューシャリー・デューティーでは収益が上がらない』などという発想は思い込みにすぎない」と説いています。

(なお、本書では、著者が新人の頃、意味を理解して仕事しようと、先輩を質問攻めにしていたエピソードなども紹介されており、金融機関職員の成長の物語としても興味深い内容となっています。)

3.「資産形成・投資の提案営業術」目次

序章
1.私の顧客本位の原点
2.”往復びんた”で気付いた投信営業のあるべき姿
(1)「こんなにマイナスになるとは」の衝撃
(2)「マイナスは当たり前」の衝撃

第1章 国民の資産形成と金融機関の果たすべき役割
 第1節 資産形成と社会保障
  1. 貯蓄し続ける日本人
  2. 積立投資の重要性
  3. 資産形成のための制度
  4. お金の考え方マップ
 第2節 投資を理解する
  1. お金とは何か
  2. 投資とは何か
  3. 投資と投機
 第3節 金融機関の果たすべき役割
  1. 対面金融機関の付加価値
  2. お金は経済の血液
  3. 国民の資産形成のための制度の普及

第2章 顧客本位であること
 第1節 金融行政の変遷と投資商品販売を取巻く環境
  1. 金融庁の問題意識
  2. 求められているのはお客さまに向き合うこと
  3. プリンシプルベースとベストプラクティス
  4. 投信窓販解禁以降、金融機関のお客さまを見る目が変わった
  5. 投資商品を販売する態勢が不十分
  6. 変革を迫られている金融機関

 第2節 フィデューシャリー・デューティーとは何か
  1. 信認される者の義務
  2. フィデューシャリー・デューティーの起源
  3. 受益者の利益のために行動する
  4. 私たちは何をすべきか
  5. フィデューシャリー・デューティーと混同されやすいもの
  6. 顧客本位と顧客満足の違い
  7. 金融庁はなぜ顧客本位の業務運営と言い換えているのか

 第3節 収益からみたフィデューシャリー・デューティー
  1. ニーズはどこにあるか
  2. 目先の収益を手放す
  3. お客さまの利益が自金融機関の利益になる
  (1)他行へどうぞ
  (2)インターネットバンキングでどうぞ

 第4節 付加価値を生み出すこと
  1. 俯瞰することで付加価値を生み出す
  2. 俯瞰して考えることは決して難しくない
  3. 知識と経験ゼロの新入職員も信頼される
  4. 人は価値を認めれば対価を支払う

第3章 資産形成・投資提案営業の実践
 第1節 金融機関担当者の心構え
  1. まずは経営理念
  2. なぜ経営理念を重視するか
  3. 経営理念の読み解き
  4. 担当者と経営理念
  5. 主役は担当者
  6. 可能な限りの選択肢・手段を提案する
  7. 金融商品は目的ではない

 第2節 お客さまを知る
  1. お客さま情報の重要性
  2. 雑談も全て聴く姿勢で
  3. 尋問になってしまわないように
  4. 家系図を書く
  5. より広く深い情報収集をするには
  6. 十分はヒアリングが提案の質を変える
  7. お客さまの自己開示を促す
  8. 信頼を得ることと顧客本位であること
  9. 以下に信頼を獲得するか
  (1)セールスをしない
  (2)担当変更直後に提案をしない
  (3)お願い営業はしない
  (4)難しい言葉を使わない
  (5)分からないことを素直に認める

 第3節 商品を知る
  1. 全ての商品を理解する
  2. 投資信託の理解は二段階
  3. 投資対象を知る-資産クラスを理解する
  4. 投資信託を知る-仕組みを理解し、お客さまに説明する
  5. 個別商品の学習方法
  6. 専門用語を理解し、解説できるようになる
  7. 日々の情報収集
  8. 自分で投資商品を保有する

 第4節 提案する
  1. 提案時の心構え
  (1)お客さまは自分に合った提案を待っている
  (2)セールス不要
  (3)商品ありきではない
  (4)担当者の価値観を押し付けない
  (5)リスク許容度をどう考えるか
  2. 提案営業の5つのステップ
  (1)観察
  (2)推測
  (3)お客さまに合った声かけ
  (4)商品提案
  (5)印象付け

  3. 投資ニーズ喚起
  (1)お金の色分けによるアプローチ
  (2)アセットアロケーション提案
  (3)ポートフォリオ提案
  (4)インフレをきっかけにしたアプローチ
  (5)金利をきっかけにしたアプローチ

  4. 販売時押さえるべきポイント
  (1)リスクをいかに説明するか
  (2)自分の保有資産を理解してもらう
  (3)想定最大損失額を伝える
  (4)リスク分散の方法を伝える
  (5)分配金は元本を削る

 第5節 継続的にフォローする
  1. 投資信託購入後のフォロー
  2. 効率の良い電話の活用方法
  3. リバランスの提案
  4. 老後の資産形成のための積立投資ではリバランスは不要
  5. 資産形成から活用(取り崩し)への移行を案内する
  6. 相場変動時のフォロー
  (1)含み損がある際に特別なフォローが必要になるのは、販売に問題がある
  (2)フォロー時の3つの心得
  (3)含み損フォローでありがちな問題点
  (4)3ステップと5つの対処法
  (5)含み損フォローの対応例1
  (6)含み損フォローの対応例2

第4章 提案営業が実践される環境づくり
 第1節 利益相反の適切な管理
  1. 投資販売商品における利益相反
  2. 営業目標をどのように考えるか

 第2節 経営理念に沿った目的の共有
 第3節 顧客本位が成立する営業体制の構築
  1. 投資ラインナップの選定
  2. 投資信託の手数料の意味付けを明確にする
  3. 顧客情報管理と担当者変更

 第4節 担当者が創意工夫を発揮できる体制
  1. 人材を育成する
  2. 輝いて働けるように

コラム
〇 ドル・コスト平均法がマイナスになるとき
〇 NISA とiDeCo は税制優遇で推さないこと
〇 給料はどこからくるの?
〇 お客さまの資産寿命を延ばす方法
〇 提案・フォロー時に何度も使う魔法の図
〇 インフレアプローチに反応しない人

資産形成・投資の提案営業術