進学塾での話です。入社して6年目、校長職について2年目のことでした。とは言いましても、学生時代から時間講師として働かせていただいたので、実質的には入社10年目でした。首都圏では有名な東証一部の上場企業でして、合格実績も抜群な進学塾です。
校長職について2年目に「早慶対策責任者」を任されました。「早慶」で合格実績を上げると、やはり宣伝材料になりますので、かなり責任が大きなポジションです。
英語・数学・国語それぞれのベテラン講師とチームを組み、予想問題の作成から対策授業までこなします。各教室から何人が受験し、どれぐらいの合格人数が見込めるか、その報告がノルマとなるわけです。
責任者を任された最初の年に、200名の合格目標を掲げました。目標については、各教室からの報告や生徒の模試結果を私自身も吟味して設定し、会議でその数字を報告しました。
実は会社全体で早慶200名の合格実績を出した年は過去になく、正直なところ、私自身は自信がなかったです。ただ各教室で直に見てくださっている先生方の集計ですから、その先生方の報告を信じるしかないと思いました。また、過去に突破したことがないのなら逆にいいのではないかと考え、強気に出てみたのです。
結果として目標は達成することなく、役員会、校長会で吊し上げ状態に叱られ、敗因を述べさせられ、ぼろくそに言われて終わり。これが1年目でした。降格、減俸も仕方ない。結果だけの世界なので、そうなってもそれはそれで会社の評価として受け入れるしかないと覚悟していました。
翌年、降格させられることはなく、役職も同じでした。経験が邪魔をするという言葉を聞いたことがあるのですが、この年の自分はまさにそうした状態でした。また大風呂敷を広げて結果が出ませんでした、これではどうしようもないと考え、私はチームのメンバーを入れ替えることにしました。
前年の対策チームは、それぞれの教科責任者を筆頭にした構成でした。それなりに実績があるからこそ会社側も教科責任者のポストを与えているわけです。ですから、その教員の力量を信じるのが当然と考えて、そのようなチーム構成にしていたのでした。
2年目も、会社の方針としては、各教科責任者を中心に構成する方向でした。各教科責任者の先生には、プライドもあるでしょうし、各教科責任者を外すことは、「会社に人を見る目がない」といってしまうようなものなので、それは避けたかったのでしょう。
私は、過去の先入観に囚われていては何の役にも立たないと考えました。つまり、教科責任者なんていうのは実力があるからではなく、ただ単に長年勤めているからではないかと考えたのです。
若手の中にも優秀な講師はいますが、会社の考え方としては、ある程度の下積みをさせてから、さまざまなポストへつける方針でした。私としては、その考え方は違うと感じていました。
10年間も会社に在籍していると、ほとんどの教員は知っています。違う教室であっても、教科会議などで顔を会わせることもあります。また、教室移動などもあり、過去に組んだことのある先生方もいらっしゃいました。
そこで2年目は、「責任者」の職権を駆使して、チームのメンバーを大幅に入れ替えました。起用したメンバーの中には、入社2年目の講師もいました。英語・数学・国語、どの教科も教科責任者はメンバーから外しました。
本部からは「やけになっている」という酷評しか受けませんでしたが、その年は、私が自分の眼で見て、私が感じたベストのメンバーを揃えたので、自信がありました。各教室から上がってくるデータを自分が信じた仲間に見せ、最終的に「250名合格」という目標数字を掲げました。
予想問題作成に関しても、対策授業に関しても自分で全員のメンバーを選任しました。当時は、嫉妬とでもいうのでしょうか。また、プライドを傷つけられた腹いせもあったのでしょう。顔を合わせるたびに、文句しか言われませんでしたし、嫌みしか言われませんでした。
ただ、私自身の中では「そんなこと関係ない」と思っていましたし、むしろ昨年以上に自信がありました。それは一緒に仕事をした仲間は、私が直接依頼し、信じたメンバーだったから。そして肩書はなくても、彼らの底力を信じていたからです。
最終的にその年の結果は早慶258名合格、過去最高、会社初の200名突破を余裕でクリアしました。
結局のところ、会社の上層部というのは、現場は見ていない訳です。どんな職種でもそうだと思うのですが、一番信用できるのは現場を知りつくしている人材だと思うんです。まずそういう人材を見抜き、信じてみないと自分の思い通りの仕事はできないと感じました。
翌年度の人事異動で、私が選んだメンバーのほとんどは昇進しました。私自身も昇進し、待遇面でも大幅にアップいたしました。数人の諸先輩の教員は会社から去っていきました。結果としてその年をきっかけに会社は大きく飛躍し、東証一部上場を果たすまでになりました。今ではトップクラスの進学塾になりました。
この経験をもとに考えると、与えられた環境ではロクな仕事はできないというのが私の結論です。自分で納得し、失敗したのならまだしも、押しつけられて失敗するのは、単なる飼い殺しではないかと思うんです。
会社の中で人間関係は極めて重要だと思います。特に進学塾など子供達をお預かりする業界では特にそうです。ただ、本当に意見をぶつけ合い、何かを乗り越えなければ、その人間関係はいつまでたっても表面だけのもので、会社内の風通しも悪いままなのではないかと思います。
1年や2年の冷や飯は覚悟して、自分と仲間を信じていれば、きっと大きな収穫が待っているんではないかと私は思っています。