「組織には理念が必要だと聞く。
だけど、ウチのような小規模企業では、日々、売上を上げて、社員と自分の生活を守ることで精一杯。理念なんて、功成り名を遂げた人が考えることなんじゃないか」
「社員の姿勢が常に受け身。自ら提案するということがない。ぜんぶ言わないといけないのか。もっと自分で考えて動いてほしい。理念を策定した方がいいと聞くこともある。だけど作っても、ウチの社員には、理念なんて響かないんじゃないかと思う」
どちらも、これまでに企業経営者からお聞きした言葉です。
あるいは、理念策定の難しさをお聞きすることもあります。
「組織には理念が必要だと思う。
ただ、理念を策定しようとしても、一人で考えているとまとまらない。何がミッションなのか。何がビジョンなのか。よくわからなくなってくる」
さらには、「理念はあるが浸透していない」ということをお聞きすることもあります。
理念とは何でしょうか。そして、理念が浸透しない理由は何でしょうか。
Contents
1.理念とは何か
まず、この理念という言葉は、人によって、捉え方がさまざまな言葉です。
さまざまな定義があり、そのどれも誤りではないと思いますが、私がこれまで経営者の方々のお話をお聞きして思うことは、理念には大きく分けて、2つの要素があるということです。
2つの要素とは、ミッションとバリューです。
ミッションとは、日本語では使命です。使命とは「命を使う」と書きます。
「命」とは、自分に残された時間のことです。自分に残された、これからの時間を使って、自分は何を成し遂げたいのか。実現したいのか。誰にどのような価値を届けたいのか。これがミッションです。
ミッションの要素としては、
・価値を提供する相手は誰か。
・どのような価値を提供するのか。
・自分たちのどのようなスキルや想いを持って、それを実現するのか。
つまり、自分たちのどのようなスキルや技術で、相手をどういう状態にするのかといった内容が含まれることが多いです。
企業のミッションとは、その企業の社会の中での役割です。
言葉を替えると、存在意義です。
もう一つのバリューとは、価値観です。仕事をする上で大事にしている考え方です。信条といってもいいかもしれません。約束を守るとか、誠意を尽くすなどです。
言葉を替えると、ミッションは、なぜ、やるのか。何をやるのか。
バリューは、それをどのようにやるのか。です。
2.なぜ理念が浸透しないのか
では、その理念。浸透しない理由は何でしょうか。今まで見させていただいた企業では、以下のようなケースがありました。
・理念は作成したが、社員にはあまり説明していない。
・社員に理念の説明はした。
ただし、なぜその理念なのか、理念の内容や背景がわかりにくく、理念に共感されにくい。
・理念の発信が一方通行になっている。
・理念と日々の業務を結びつける仕組みがない
これらのケースの状況はさまざまですが、なぜ理念が浸透しないのか。もっとも多く見られる要因としては、「バリューが鮮明になっていないから、理念が浸透しない」です。
ミッションは「なぜ、この仕事をするのか」です。
経営者がこの問いに向き合うとき、自らの過去と向き合うことになります。
経営者にとって、ミッションは内発的な動機づけ要因となりえます。
一方で、経営者の内発的な動機であるミッションは、そのままでは、社員には伝わりません。これについては、たとえば、理念をストーリー化して伝えるなどの方策があります。
なぜなら、多くの場合、理念の背景には、経営者または創業者の経験があります。
なぜ、その理念なのか。
その背景としてはどんなことがあったのか。
理念のもとになったエピソードや背景を伝えることで、理念が立体的にイメージされ、より伝わりやすくなります。
ただ、これだけでは、理念が現場で実践されるには不十分です。
そういう意味で、ミッションと現場の業務を結びつけるものがバリューといえます。さらに言うと、「経営者が本当に伝えたいことを伝わるレベルで言葉にしたもの」がバリューです。
バリューは、経営者・社員が「どう仕事に取り組むのか」です。
この問いをしっかり考えようとすると、「今どんな仕事があり、何を大切にして、その仕事に取り組むのか」を考える必要があります。
バリューが現場の仕事で活かせるレベルで鮮明になっていないがために、理念が日々の行動基準、判断基準に活かされていないのではないでしょうか。
3.理念を「社員が自律的に動くしくみ」とするためにできることは
さらに、理念を「社員が自律的に動き、成果が生まれるしくみ」とするためにできることは、上記のほかにもいくつかあります。
(1) 率先垂範
理念の率先垂範とは、理念をもとに判断し、行動する姿を経営者・経営幹部が社員に見せつづけることです。これがなければ、社員に理念が浸透することはないでしょう。
(2) 理念の掲示・理念カード(クレド)の携行
理念の掲示・理念カード(クレド)の携行とは、理念に接する機会を増やすための施策です。理念が記憶され、頭にすぐ浮かぶようにすることで、日々の業務で意識しやすくなります。つまり、日々の判断基準・行動基準に活かされやすくなります。
(3) 社員による理念についての情報発信
社員が理念について考える機会や、理念について発信する機会を作り、自分の仕事上での体験と理念を結びつけます。
人は、聞いただけの言葉はすぐ忘れます。自分で話したことは記憶に残ります。
「学習のピラミッド」という理論があります。これによると、聞いただけの話の定着度は5%。人に教えることで、定着度は90%に高まるということです。
さらに人間の心理として、「一貫性の法則」があります。
これは、自らの発言や行動には、一貫性を持たせたいと無意識のうちに感じているというものです。
そのために、自分で話したことは、聞いただけのことよりも、より腑に落ち、自分の考えとして定着しやすくなります。
社員に理念について情報発信してもらうことのメリットは、もう一つあります。
それは、情報源が複数である方が情報の信頼度を高く感じるということです。
これは、私自身も何度か経験があります。
私が社長にお伝えしたことについて、
「あの後、〇〇さんにも同じことを言われて、やっぱりそうなのかと思いました」
と言われたり、
「この前、講演会を聞きに行ったら、講演している先生が片山さんと同じことを言っていました。改めて聞くと、復習になったせいか納得できました」
と言われたりしたことがあります。
人は一度聞いただけのことはなかなか腹落ちしません。何度か耳にする。しかも異なる情報源から伝えられることで、納得度が高まり、記憶に定着していくようです。
(マーケティング施策において、屋外広告、CM、雑誌等のメディア掲載など複数ルートで情報発信するのも同じ効果があります。そして、社内に理念を浸透させる取り組みは、インターナルマーケティングの活動です)
理念は、社員に理解され、日々の業務の中で実践されて、初めて意味があります。
「理念なんて、すぐに浸透するものではない。掲げていれば、そのうちに浸透して組織文化になっていくだろう」
そのような考えで、ただ時間だけ経過したとしても、浸透するものではありません。理念を浸透させるという方針のもとに施策として取り組んでいくものです。
組織内に理念が浸透することには以下のような利点があります。
1.同じ価値基準にもとづいて主体的・自律的に判断・行動できるようになる。
2.価値基準の共有によって、社内の一体感が増す。
3.同じ価値基準で判断し、行動することで、対外的な信用が高まる。
4.理念とビジョン
最後に、理念とビジョンの関わりを考えます。
少し前に、ある企業の若手社員ヒアリングをしていて、お聞きした言葉があります。
それは「会社のビジョンが見えない」でした。
この社員さんが言うには「今の考えでいいので、聞かせてほしい」とのこと。
そのやり取りで気づいたことがあります。
それは、ビジョンという言葉の定義の問題です。
この社員さんが聞きたいのは、事業方針や成長戦略ではなく
・経営者が何を重視しているのか。
・今後、どんな想いで経営していくつもりなのか。
つまり経営者の考え方や価値観を知りたがっている。そう感じました。
ビジョンと理念はつながっているのです。
離職した理由の「本音ランキング」によると、離職原因の一位は、給与などの労働条件ではなく、上司や経営者への不満だそうです。
すぐにすべての問題を解決できなくても、まず
・上司と部下、経営者と社員の間で対話の機会があるかどうか。
・どれくらいコミュニケーションが取れているか。
・経営者の考えを社員に共有することができているかどうか。
一度ふりかえってみてもいいかもしれません。
まずは、経営者と社員とで、理念について語り合ってみてはいかがでしょうか。