一般に決算書といわれている書類のうち主要なものは、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書です。この3つの書類を合わせて、財務三表と言います。
決算書とはどのような書類なのか、財務三表のそれぞれは何を表しているのか、それぞれの違いは何なのか、わかりやすく個人の場合で解説します。
1.個人の決算書を考えた理由
「働き方改革」の一環として、社員の副業を容認する流れにありますが、あるITベンチャー企業では、社員の副業・兼業を容認ではなく、推奨されているそうです。
狙いは、経営者意識の醸成と発想力の強化だそうです。確かに、自ら主体的に仕事をして、顧客対応する経験を積むことは、社員の自律心向上や、視野の広がりにも役立ちそうです。
経営者から見ると、経営について社員の認識が不足していると感じることもあるのでしょう。
経営者と社員の間には、どうしても立場の違いからくる危機感のズレがあります。経営者は雇う側、社員は雇われる側。経営者は給料を払う側、社員は給料をもらう側。その立場の違いが意識や判断のズレにつながりやすいのです。
もう1つ、経営者と社員に認識のズレが起こりやすい要因があります。
それは、頭の中の情報量の差です。つまり、経営者は経営数字を知っているけれど、社員は経営数字の全体像を知らない。その情報量の差が意識や判断のズレを引き起こしやすいのです。
では、経営数字について、どのように伝えればいいでしょうか。ポイントの1つは、複雑な決算書の本質をわかりやすく、シンプルに伝えることです。
もう1つのポイントは、自分ゴトとして捉えられるような伝え方をすることです。たとえば、社員に経営数字を理解してもらう方法として、経営数字を個人の収入やお金の動きで説明するなどが考えられます。
決算書が苦手な社員の方にも、決算書のイメージを掴んでいただけるように、財務三表とは何かについて、個人バージョンでわかりやすく解説します。
2.損益計算書とは
企業の損益計算書とは、売上と費用を記載した書類です。
売上は、企業努力の結果として会社が得たお金です。費用は、売上を上げるために投じたお金です。売上から費用を差し引いた金額が利益です。
売上、費用、利益について記載してある書類が損益計算書です。実際には、費用は一括りではなく、いくつかの種類に区分されています。
個人の場合で考えるとどうなるでしょうか。
社員の場合、収益は給料です。出ていくお金は、毎日の生活費です。給料と生活費の関係を考えると、こんな計算式が考えられますね。
給料よりも生活費が少ないと貯金ができます。給料よりも生活費が多いと、貯金を切り崩すことになります。場合によっては、人からお金を借りて、生活費に充てている場合もあるかもしれません。
個人の費用も会社の損益計算書と同様に、種類分けすることもできるでしょう。たとえば、生活を送る上で必ず必要な日常生活費と娯楽費に分けるなどが考えられます。
このような区分をすることで、どこにお金がかかっているか、ムダが発生しているかも考えやすくなりますね。
また、そもそも会社が人件費として支払った総額と社員が受け取る手取り額は異なります。理由は、所得税や社会保険料が天引きされるからです。
これが個人の損益計算書のイメージです。損益計算書は、一年間の金額の集計です。次の一年は、新しい損益計算書として、いったんゼロにリセットして、新しく積み上げていきます。
3.貸借対照表とは
損益計算書を見ることで、一年間の収入と支出のバランスを見ることができることがわかりました。収入の範囲で生活できていれば黒字、収入よりも使うお金の方が多いと赤字です。
では、一年間が終わって、いったいどれだけの貯金が貯まっているのでしょうか?これを知るための書類が貸借対照表です。
貸借対照表は、年度末にどれだけの財産があって、その財産をどこから得たのかを説明する書類です。
たとえば、年度初めに100万円の貯金があったとします。一年間で、500万円の給料を得て、生活費を除いて、50万円の貯金ができたとします。年度末にはいくらの貯金があるでしょうか?
100足す50で、150万円ですね。貸借対照表は以下のようになります。
保有資産 | 資金の出所 |
現金・預金 150万円 | 貯金 150万円 |
現金・預金とは、貯金箱に入れてある現金と銀行に預けている預金の合計額だと思ってください。
左側は財産、右側はその財産をどのようにして得たかを説明しています。では、この人が現金の一部を使って、株式投資をすれば貸借対照表はどうなるでしょうか。
50万円で株式投資をした場合、以下のようになります。
保有資産 | 資金の出所 | ||
現金・預金 有価証券 |
100万円 50万円 |
貯金 150万円 |
では、この人が株式投資にのめり込み、知人に借金して、追加の株式投資をしたとき、貸借対照表はどうなるでしょうか。借金額が100万円で、手許の50万円と合わせて、150万円で株式を追加購入した場合、こんな感じです。
保有資産 | 資金の出所 | ||
現金・預金 有価証券 |
50万円 200万円 |
知人からの借金 貯金 |
100万円 150万円 |
合計 | 250万円 | 合計 | 250万円 |
「知人からの借金」という項目が新たに登場し、有価証券の金額は増えています。右側がお金の出所です。左側は、そのお金をどのような形で保有しているかを示しますので、左側の合計値と右側の合計値は必ず同じ金額になります。
さらにこの人が数年後、頭金を貯めて、ローンを組んでマンションを購入した場合、貸借対照表はどうなるでしょうか。
保有資産 | 資金の出所 | ||
現金・預金 有価証券 マンション |
50万円 200万円 3,000万円 |
知人からの借金 住宅ローン 貯金 |
100万円 2,500万円 650万円 |
合計 | 3,250万円 | 合計 | 3,250万円 |
ここで、貯金としている項目は、会社の場合は、純資産です。創業以来、利益を蓄積してきた金額のことで、内部留保と呼ばれています。会社の場合であると、貸借対照表は以下のようになります。
資産 | 負債・純資産 | ||
現金・預金 有価証券 有形固定資産 |
50万円 200万円 3,000万円 |
短期借入金 長期借入金 純資産 |
100万円 2,500万円 650万円 |
合計 | 3,250万円 | 合計 | 3,250万円 |
個人の場合と少し名称が異なりますが、構成は同じです。実際の貸借対照表は、もっと多くの項目が記載されていることが多いですが、ざっくりこのような構成であることを知っておくと、貸借対照表も難しくないですよね。
貸借対照表の意味がわかると、わかることの一つは、内部留保がお金ではないことです。内部留保というと、会社が利益を貯め込んでいるようなイメージがありますが、上記を見てわかる通り、内部留保はお金ではありません。
内部留保とは、お金の出所が負債(借入金など)ではないことを表しているだけです。現在、お金の形で持っているとは限りません。
個人の場合も、数年かけて貯めた貯金のうち500万円を頭金にして、マンションを購入していて、現金・預金は50万円しかなかったですよね。
なお、貸借対照表は、期末の一時点の数字です。会社経営では毎日、経営数字が変化します。翌日には、変化している数字です。
個人の貸借対照表でも、翌日にお金を使ったら、貸借対照表の数字は変化します。同じことですね。
4.キャッシュフロー計算書
ここまでで損益計算書と貸借対照表はわかりました。では、キャッシュフロー計算書とは何でしょうか?
損益計算書とは一年間の収入と支出のバランスを知るための書類でした。貸借対照表は、年度末の財産の状況を知るための書類でした。
損益計算書
給料 税金・社会保険料・生活費の合計 貯金 |
500万円 450万円 50万円 |
貸借対照表
保有資産 | 資金の出所 | ||
現金・預金 有価証券 マンション |
50万円 200万円 3,000万円 |
知人からの借金 住宅ローン 貯金 |
100万円 2,500万円 650万円 |
合計 | 3,250万円 | 合計 | 3,250万円 |
キャッシュフロー計算書は、一年間のすべてのキャッシュの出入りの状況を知るための書類です。一年間の合計額である点では、損益計算書と同じです。
ただ、キャッシュフロー計算書が損益計算書と異なる点の1つは、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローの3つの区分に分かれている点です。
キャッシュフロー計算書
営業活動によるキャッシュフロー | |
・貯金(給料-生活費) | 50万円 |
投資活動によるキャッシュフロー | |
・マンション購入による支出 | △3,000万円 |
財務活動によるキャッシュフロー | |
・住宅ローン収入 | 2,500万円 |
現金・預金の増減額 期首の現金・預金残高 期末の現金・預金残高 |
△450万円 500万円 50万円 |
これを見ると、キャッシュフロー計算書のうち、営業キャッシュフローの区分の内容が損益計算書の内容に近しいことがわかりますね。営業キャッシュフローの「営業」は「売り込み」のことではなく、「本業」という意味です。
(実際には、会計のさまざまなルールがあるため、営業キャッシュフローの数字と損益計算書の利益は同じ金額にはなりませんが、わかりやすさ優先のため、そうした会計ルールについては、ここでは省略します)
なぜ、キャッシュフロー計算書にこのような区分があるかというと、お金の動きに種類があるからです。
・投資キャッシュフローは主に資産の売買によるお金の動きです。
・ 財務キャッシュフローは主にお金を借りたり返したりによるお金の動きです。
損益計算書は、本業での収入と支出についての書類ですが、キャッシュフロー計算書は、お金の動きすべてを説明した書類ということです。
さて、キャッシュフロー計算書に期首、期末の現金・預金残高という数字がありますね。 念のために、貸借対照表が期首と期末でどう変化したのか、確認してみましょう。
期首の貸借対照表
保有資産 | 資金の出所 | ||
現金・預金 有価証券 |
500万円 200万円 |
知人からの借金 貯金 |
100万円 600万円 |
合計 | 700万円 | 合計 | 700万円 |
期末の貸借対照表
保有資産 | 資金の出所 | ||
現金・預金 有価証券 マンション |
50万円 200万円 3,000万円 |
知人からの借金 住宅ローン 貯金 |
100万円 2,500万円 650万円 |
合計 | 3,250万円 | 合計 | 3,250万円 |
比較貸借対照表
科目 | 期首 | 期末 | 増減 |
現金・預金 有価証券 マンション |
500万円 200万円 – |
50万円 200万円 3,000万円 |
△450万円 – 3,000万円 |
知人からの借金 住宅ローン 貯金 |
100万円 – 600万円 |
100万円 2,500万円 650万円 |
– 2,500万円 50万円 |
数字に変化のない有価証券や知人からの借金はキャッシュフロー計算書には記載されていません。期首と期末の貸借対照表の差額がキャッシュフロー計算書に記載されていることがわかります。
逆にいうと、貸借対照表の項目の変化はすべて現金・預金の金額に影響します。
知人からの借金を返済すると、現金・預金は減ります。株式を売却すると、現金・預金は増えます。
キャッシュフロー計算書は、本業で得たキャッシュ以外には、貸借対照表の項目の変化を表す書類ともいえるでしょう。
5.個人の財務三表からわかること
では、個人の財務三表から何がわかるのでしょうか。
たとえば、
・仕事をして得たお金を貯金して、マンションを買ったこと。
・貯金だけでは足りずに、住宅ローンを組んだこと。
・借りた住宅ローンをこれから返していかなければならないこと。
などがわかります。
仕事で得たお金を毎年、すべて使い切っていたとしたら、マンションを買うことはできなかったでしょう。会社も同じことです。
収益を上げて、利益を残すことで、事業継続に必要な設備投資をしたり、次の事業展開のための資金を作ることができます。
また、収益を上げて、利益を残すことで、設備投資や新規事業展開のために借りた借入金を返すこともできるのです。
個人の財務三表を考えてみることで、会社にとっての利益の重要性について、より理解が進むのではないでしょうか。
個人と会社の決算では異なる点もあります。それは、税金の納め方です。
個人の場合は、給料から天引きされるので、税金を払わない訳にはいきません。会社の場合は、決算後、税金を計算して納付します。そのため、できれば税金を少なくしたいという心理が働いて、節税対策が行われることがあります。
その節税対策がお金を使わない、適正な節税対策であれば、問題ないのですが、お金を使う過度な節税対策を行った場合、事業継続に必要な設備投資や、次の事業展開のための資金を残せないということにもなりかねません。
会社全体のこと、また今後の事業計画を踏まえての判断が必要です。個人の場合もライフプランを踏まえたお金の使い方が必要。その点では、会社も個人も同じことですね。
個人の財務三表を考えてみることで、少しは経営数字が身近に感じられたでしょうか?
※財務三表のより詳しい説明については以下の記事をご参照ください。