「私の中の企業支援と再生 - 中小企業と金融機関双方の現場から」(伊藤貢作氏)は、著者が地域の中小企業の役員・実務責任者として、さらには、地域金融機関の企業支援・再生の実務担当者として、対処してきた経験から蓄積された知見をまとめた書籍です。
Contents
1.「私の中の企業支援と再生」概要
本の帯に「異能の“企業再生請負人”」とあります。「はじめに」を読むと著者、伊藤貢作氏の経歴に驚きます。
伊藤氏は、小規模建設会社に3年間勤務し、27歳のときに、友人の紹介で小さな旅行会社に参画し「代表取締役専務」の肩書を得ます。
ところが、その小さな旅行会社は当時、破綻寸前の状態でした。当時の伊藤氏は、建設会社の勤務経験しかなかったために、旅行実務の知識、会計や経営の知識もなかったと言います。
と書かれています。
その後、2010年に地域食品スーパーの再生案件で知り合った北門信用金庫(北海道滝川市)から、「取引先の企業再生支援の専門家として力を貸してほしい」というオファーがあり、当庫に入庫、2018年に北門信用金庫 企業支援室長に就任されます。
北門信用金庫の仕事に一区切りが着いた頃、島根銀行からの依頼があり、2021年4月から一年間、同行へ企業支援部署立ち上げ支援のために出向。
その後は、数多くの銀行での企業支援アドバイザーに就任し、2022年4月には、金融庁 監督局総務課 地域金融企画室 専門調査員に就任し、金融庁「業種別支援の着眼点」の原案作成に携わられています。
本書の執筆スタンスとしては、「あるべき論」ではなく、あくまでも伊藤氏が体感した事実、見てきた現実に沿った内容ということで「私の中の企業支援と再生」というタイトルにしたと説明されています。
2.「私の中の企業支援と再生」 の読みどころ
本書の著者である伊藤氏は、中小企業の現場で、役員や実務責任者として経営改善や再生に携わった後に、金融機関に入庫され、数多くの企業再生支援に従事されてこられました。
中小企業と金融機関、2つの立場で経験を積まれているために、本書は、企業支援者や金融機関にとって役立つ内容であると同時に、経営者にとっても示唆に富む内容となっています。
本書の読み方としては、
・企業支援者や金融機関が自らのスタンスや支援のあり方をふり返る。
・企業支援者や金融機関が企業支援について新たな着眼点を得る。
・企業支援者や金融機関が業種別の具体的な着眼点を学ぶ。
・金融機関と接する中小企業経営者が金融機関の考え方や内部事情の一端を知る。
などさまざまな読み方ができる内容となっています。
第3章では「金融機関による業種別企業支援の実践的アプローチ」が詳述されていますので、金融庁の「業種別支援の着眼点」と併せて読むことで、理解がさらに深められる内容でもあります。
ここでは、本書から、企業支援者や金融機関にとって特に有用な視点・考え方を抜粋してご紹介します。
(1) 実践的な企業支援力に必要な3つのこと
一つ目は「実践的な企業支援力に必要な3つのこと」です。 以下の3つが必要とされています。
2) 業種特性や業界の流通慣例等の入り口程度の知見は身につける。
3) 物事を多面的に考察する習慣を身につける。
(2) 経営者の相談ニーズ
二つ目は、経営者の相談ニーズです。経営者の相談ニーズについては以下のように書かれています。
なお、具体的には、以下の3類型がニーズとして挙げられています。
2) 計算機ニーズ :数値シミュレーションなどにより、経営者の意思決定を助ける。
3) 整理・調整ニーズ:思考の見える化と整理により、経営者の意思決定を助ける。
(3) 企業支援部署の人材に必要な3つの重要スキル
三点目は「企業支援部署の人材に必要な3つの重要スキル」です。以下の3つが挙げられています。
2) 現実を直視できること
3) 不十分な情報・不確かな状況でも数字を推計したり対策を考えたりできること
(4) 経営判断の隘路に寄り添う際に大切なこと
四点目は「経営判断の隘路に寄り添う際に大切なこと」です。以下の5点が挙げられています。
2) 提案は時間的距離を示す。
3) 経営者が「考えている」ときは、情報や選択肢を簡潔にわかりやすく伝える。
4) 経営者が「決断した」ときは、決断した選択が成就するように補佐する。
5) 経営者が決断した方針が頓挫したときの代替案を用意しておく。
3.「私の中の企業支援と再生」目次
「私の中の企業支援と再生」の主要な目次は以下の通りです。
はじめに
第1章 金融機関の企業支援の実際と課題
1 リスケと資金繰り支援
2 実際には垣根がない「企業支援」の領域
3 企業支援部署の人材の固定化
4 事業性評価と企業支援の関係
5 企業支援と長短リバランス
6 不動産融資が企業支援に与えた影響
7 企業支援の4つの要素
8 債務者区分と企業支援の関係
9 金融機関による企業支援の誤謬
第2章 中小企業からみた金融機関と中小企業経営の実際
1 中小企業からみた地域金融機関
2 金融機関による企業支援は役に立っているのか
3 ビジネスマッチング支援
4 経営相談
5 金融機関と中小企業の違い
6 経営トップの役割と金融機関職員の誤解
7 経営判断の現実
8 中小企業経営者と金融機関の目線合わせ
第3章 金融機関による業種別企業支援の実践的アプローチ
Ⅰ 全業種共通の留意点
1 定量面の事前準備
2 定性面の事前準備
Ⅱ 中小小売業
3 中小小売業の特徴
4 ROAのトレンドに着目
5 売上総利益と売上高対労務費率の分析
6 地図で商圏のイメージをつかむ
7 業界平均数値との向き合い方
8 中小小売業訪問時の着眼点
9 売上をどうあげるか
10 知っておいて損はない小売業のポイント
Ⅲ 中小飲食業
11 中小飲食業の特徴
12 原価率への着目
13 人件費の内訳への着目
14 立地と1次商圏の確認
15 中小飲食業訪問時の着眼点
Ⅳ 中小製造業
16 中小製造業の特徴
17 中小製造業訪問前の着眼点
18 中小製造業訪問時の着眼点
Ⅴ 中小建設業
19 中小建設業の特徴
20 中小建設業訪問前の着眼点
21 中小建設業訪問時の着眼点
Ⅵ 中小運送業
22 中小運送業の特徴
23 中小運送業訪問前の着眼点
24 中小運送業訪問時の着眼点
Ⅶ その他の業種
25 中小宿泊業
26 中小サービス業
27 小規模クリニック
Ⅷ SWOT分析の留意点
28 SWOT分析は伝家の宝刀か
第4章 金融機関における企業支援のあり方
1 企業支援部署の設計
2 必要なスキルと人材育成
終わりに
4. 伊藤貢作氏(北門信用金庫 企業支援室長) 略歴
1971年東京生まれ。地域建設会社勤務を経て、1998年に小規模旅行会社に転職し、破綻寸前の同社の立て直しを経験する。以降、物流業、食品小売業、卸売業などの経営再建に、役員や幹部社員として従事する。
2010年に地域食品スーパーの再生案件で知り合った北門信用金庫(北海道滝川市)に、企業支援専門家として招聘される。2018年に北門信用金庫 企業支援室長に就任。
2021年4月から一年間、島根銀行へ企業支援部署立ち上げ支援のために出向する。以後、筑波銀行、福邦銀行、きらやか銀行でも企業支援アドバイザーに就任し、担当者とともに現場訪問をして、人材育成にも力を注ぐ。
2022年4月に金融庁 監督局総務課 地域金融企画室 専門調査員に就任し、金融庁「業種別支援の着眼点」の原案作成に携わる。
5.「業種別支援の着眼点」とは?
なお「業種別支援の着眼点」とは、金融庁が2023年3月に公表した資料の名称です。地域金融機関の現場職員が企業支援を行う際、どんな点に着眼すればいいのか、最初に見るべき着眼点を端的にまとめた資料です。
2023年に公表された業種は、建設業、飲食業、小売業、卸売業、運送業の5業種。2024年3月に製造業、サービス業、医療業の3業種が追加されました。
「業種別支援の着眼点」 のコンセプトは以下の3点です。
2) 事業者支援の着手(初動)を適切に実施するための基礎的な着眼点
3) フロー図や写真等による直感的に理解しやすいビジュアル
内容としては、定量面、定性面の具体的な着眼点が簡潔に示されています。例えば、業種共通の定量的な着眼点としては以下などが示されています。
= 当期純利益÷総資産(自己資本+負債)
= 売上高当期純利益率×総資本(産)回転率
=(当期純利益÷売上高)×(売上高÷総資産(自己資本+負債))
金融庁では、地域金融機関等での「 業種別支援の着眼点 」の活用を推進するために特設ページを設けて、 企業インタビュー動画や地域金融機関等による「着眼点」の活用事例も併せて掲載しています。
なお、この「業種別支援の着眼点」は各金融機関の地域特性等によって、カスタマイズして活用することが想定されていて、そのためにPDFと併せて、パワーポイント版がも提供されています。