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1.起業家がキャッシュの枯渇という事態に陥りやすい3つの理由
「プロフィットファースト お金を増やす技術」(マイク・ミカロウィッツ著、近藤学訳)は、事業アイデアに富んだ起業家がキャッシュの枯渇によって、事業を継続できなくなるという事態に陥ることを防ぐための実用的な手順が記された本です。
なぜ、事業アイデアに富んだ起業家がキャッシュの枯渇という事態に陥りやすいのでしょうか。
それは、一つには、事業アイデアが豊富で実行力があることと、事業継続のためのお金の管理は別問題だからでしょう。
自分で事業を起こそうという起業家は、事業アイデアがある人、営業力がある人、技術力がある人のいずれかです。やりたい事業があるから、起業する。
やりたい事業を形にしていくことと、事業継続のためのお金の管理は別問題です。
お金の管理が得意な人と、うまく組むことができればいいですが、すべての起業家が運よくそのようなパートナー(税理士さん含む)と巡り合えるかというと、なかなかそうはいかないのでしょう。
二つ目には、本書でも強調されているとおり、「事業の成長が先、利益は後回し」という考え方が一般的に広まっているからということもありそうです。
事業を成長させることで、後から利益がついてくるという考え方では、投資して事業規模を拡大することを優先しがちになります。
「Amazonは20年間、利益を出さずに成長している」というAmazon神話も「事業の成長が先、利益は後回し」という考え方を広める、一つの要因となっているかもしれません。
三つ目には、「節税」信仰があるという気がしています。
スタートアップ期のある経営者は、先輩経営者から「節税が大事」と聞かされ、会社立ち上げ段階から節税に努めてきました。その結果は、内部留保の厚みのない脆弱な財務構造でした。
行き過ぎた節税は、会社のキャッシュを流出させます。内部留保の厚みを増すためには、当期純利益が必要です。当期純利益は、税引前当期純利益から法人税を差し引くことで計算されます。
法人税を少なくするためには、税引前当期純利益を小さくする必要があります。法人税を少なくするために、税引前当期純利益を小さくすると、結果的に当期純利益も過少になってしまいます。法人税を払わずに、当期純利益だけを確保することはできないのです。
1.事業アイデアが豊富だからといって、お金の管理方法に長けているとは限らない。
2.事業規模を拡大することを優先してしまう。
3.節税策によって、不用意にキャッシュを流出させてしまう。
2.「プロフィットファースト お金を増やす技術」に書かれていること
では、「プロフィットファースト お金を増やす技術」では、起業家がキャッシュを枯渇させないために、どうするべきだと言っているのでしょうか。
(1)プロフィットファースト・インスタント・アセスメント
まず、するべきことは事業のアセスメント(評価)です。アセスメント方法は「プロフィットファースト・インスタント・アセスメント」と名づけられています。やり方は、以下の様式に自社の数値を当てはめることです。
プロフィットファースト・インスタント・アセスメントフォーム
実績 | TAP目標配分率 | PS$目標金額 | 差異 | 改善 | |
総収益 | A1 | ||||
材料費及び外注費 | A2 | ||||
実質の収益 | A3 | 100% | C3 | ||
利益 | A4 | B4 | C4 | D4 | E4 |
オーナーの給料 | A5 | B5 | C5 | D5 | E5 |
税金 | A6 | B6 | C6 | D6 | E6 |
事業経費 | A7 | B7 | C7 | D7 | E7 |
(出典:「プロフィットファースト お金を増やす技術」(マイク・ミカロウィッツ著、近藤学訳))
目指すべき利益、税金、オーナーの給料、事業経費の配分比率
・PS$目標金額:実質の収益をTAP目標配分率で配分した目標金額
この表の意味するところを「お金のブロックパズル」的に説明すると、以下のようになります。
現状(実績) | 目標(TAP目標配分率) | |||||||||||||||||
|
→ |
|
||||||||||||||||
(「プロフィットファースト お金を増やす技術」(マイク・ミカロウィッツ著、近藤学訳)を元に筆者作成) |
現状(実績) | ||||||||
|
||||||||
↓ 目標(TAP目標配分率) | ||||||||
|
まずは「材料費及び外注費」を除いた「実質の収益」を自社の実質的な事業規模と認識すること。
商品を右から左に動かすようなブローカー的商売や、多くの外注を使って売上を作る事業スタイルでは、見かけの売上高は大きくなりますが、それは実質の収益ではありません。まずは自社の実質の収益規模を把握することが第一歩です。
そして次にその実質の収益の現状の使い道を知ること。利益が出ないということは、おそらくは事業経費を使い過ぎているのです。
現状把握の次には、統計上、適正とされる目標配分比率を知ること。
具体的な目標配分比率については、事業規模別の数値が本書に記されています。たとえば、25万ドル以下の事業規模では、利益5%、オーナーの給料50%、税金15%、事業経費30%が適正値とされています。ただし、税金については、日本の税率で再設定する必要があるでしょう。
そして「実質の収益」に目標配分比率にかけた値を目標値として、現状との差異を把握し、現状の改善のためにはどの項目を増やし、どの項目を減らすべきかを認識すること。
これが、「プロフィットファースト・インスタント・アセスメント」のプロセスです。
実質の収益の使い道が、利益、オーナーの給料、税金、事業経費の順に書かれているのはもちろん、「プロフィットファースト」=「利益を第一に考える」ためです。
(2)具体的なお金の管理方法
では、アセスメントで弾き出した目標金額をどうやって実現するのでしょうか。
これについては、お金に色をつけて色別に管理できるように、口座をすべてわけることを推奨しています。必要な口座は、売上入金口座、利益口座、オーナーの給料口座、税金口座、事業経費口座の最低5つです。
売上入金口座 | → | 利益口座 |
(「プロフィットファースト お金を増やす技術」 (マイク・ミカロウィッツ著、近藤学訳)を元に 筆者作成) |
→ | オーナーの給料口座 | ||
→ | 税金口座 | ||
→ | 事業経費口座 |
口座を開設したら、どのタイミングでどのようにお金を配分していくか。その具体的な手順が本書に示されています。
つまり、変動損益計算で自社の収益構造を把握した上で、逆算思考で目標利益を設定し、起業家の経営スタイルに適した自然な方法で、キャッシュフロー経営を行っていく手順が書かれている本と言えるでしょう。
・変動損益計算で自社の収益構造を把握する。
・逆算思考で目標利益を設定し、計画的な経営を行う。
・起業家の経営スタイルに適した自然な方法で、キャッシュフロー経営を定着させる。
なぜ、スプレッドシートや会計システムによる管理では不十分で、必ず口座をわける必要があるかについては、本書では以下のように説明しています。
“プロフィットファーストは、起業家であるあなたの自然な行動に直に組み込まれるべきである。あなたは銀行口座にログインし、残高を見て、決断を下す。そのときプロフィットファーストはそこにあるべきだ。スプレッドシートや会計システムの総勘定元帳は素晴らしい。しかしそれでは遅いのだ。
今この瞬間に必要な、お金に関する決断をする際にそれらを見ることはしない。見るのは、決断のあとである。戦いのあとに戦略プランを思いついても、役に立たない。
銀行口座に仕掛けたプロフィットファーストのシステムは、好むと好まざるとにかかわらず銀行口座を見るたびに目に飛び込んでくる。そしてリアルタイムで利益やキャッシュフローの決断を管理できるようになる。”
なお、「お金のブロックパズル」の用語と「プロフィットファースト・インスタント・アセスメント」の用語との対比は以下のとおりです。
・総収益: 売上高
・材料費及び外注費: 変動費
・実質の収益: 粗利
・オーナーの給料+事業経費: 固定費
プロフィットファーストがうまく導入できないケースとしては、「細部にこだわりすぎる」ケースが挙げられています。
“分析しすぎて行動できなくなるということが我々にとっての宿敵である。完全主義は夢を殺してしまう。拙速は巧遅に優る。”
脱完璧主義で、アウトプットファーストを推奨する、日本キャッシュフローコーチ協会の考え方とも非常に親和性の高いシステムと言えるでしょう。
3.日本の起業家の著書『「数字」が読めると本当に儲かるんですか?』
「プロフィットファースト お金を増やす技術」の著者、マイク・ミカロウィッツ氏は、自身が起業家です。
そして、事業規模の拡大を追求してキャッシュを流出させ、支払い不能に陥った経験をもとに「プロフィット・ファースト」というシステムを考えた出したという経緯が、本書に記されています。
実は、マイク・ミカロウィッツ氏のこのエピソードを読んで、思い出した本があります。
『「数字」が読めると本当に儲かるんですか?』(古屋悟司 / 田中靖浩)という本です。
花を安く販売するネットショップ「ゲキハナ」を立ち上げた起業家が、売上は伸び、従業員は増え、ずっと忙しいのに、ずっと資金繰りが厳しいままで、支払いが綱渡り状態。そして、なぜ、自分自身がそのような状況にいるのかがわからない。
そんな状況の中で、変動損益という管理会計を知ったことで、どのように考え、どのように事業の改善に取り組んだかというリアルな経験談が綴られた本です。
この本と合わせて読むと、起業家にとっての「プロフィットファースト」の必要性がさらに認識できることでしょう。
なお、「プロフィットファースト」は、単に事業経費のコストカットを推奨する倹約本、節約本ではありません。
いかに目標金額を実現するかを考え、生産性向上のためのイノベーションを志向することが「業界の標準に挑戦し、改革を起こす」という表現で語られています。
「プロフィットファースト」の実行時には、ビジネスモデルキャンバスを活用することで、事業変革のヒントを見つけることに役立つかもしれません。
4.「プロフィットファースト お金を増やす技術」内容紹介
・書籍名:「PROFIT FIRST お金を増やす技術
-借金が減り、キャッシュリッチな会社に変わる」
・著者名:マイク・ミカロウィッツ(著)、近藤 学(翻訳)
・出版社:ダイヤモンド社
・発行日:2018年3月14日
目次
イントロダクション
・なぜ、一生懸命働ても儲からないのか?
・プロフィットファーストは再現性のあるシステム
・何万人という起業家が実践し、ビジネスを改善
・なぜ、多くのビジネスは利益を生み出せないのか?
・会計の公式は、昔ながらの馬鹿げたシステム
・まず利益を第一に考えよう
・起業家の貧困を撲滅したい
・あなたは、今日から利益を生み出せる
・実践なくして成果なし第1章 あなたのビジネスはコントロール不能の「金食いモンスター」だ
・モンスターは、あなたのお金と時間を食い尽くす
・自ら投資した企業のほとんどが倒産
・人生最低のバレンタインデー
・私の人生を変えたブタの貯金箱
・お金の問題
・大きければ良いというものではない
・成長第一主義が諸悪の根源
・自転車操業とパニック状態
・サバイバルトラップに気を付けろ
・醜いモンスター
・従来の会計はあなたのビジネスを殺す
・より少ない金のために、それ以上の金が使われる
・利益はどこに?
・会計原則が持つ欠陥
・人間のためにデザインされたプロフィットファースト
・ハッピーエンド
・行動を起こす:私にメールを送る第2章 プロフィットファーストの核となる原理
・プロフィットファーストは破滅に対する解決策
・小さなお皿を使えば、食べる量も少なくなる
・自由にできるお金が、実際よりも少ないという状況を作り出す
・プロフィットファーストの4つの核となる原理
・会計の新たな公式
・ハードルを下げる
・あなたがとるべきアクション:簡単な最初のステップ【コラム】利益を再投資せずに、どうやって成長していくのか?
第3章 あなたのビジネスにプロフィットファーストを適用する
・いくつかの封筒に分けてお金を管理する
・預金残高会計
・基本となる5つの預金口座
・誘惑を断ち切るための2つの預金口座
・よく聞かれる2つの質問
・銀行を選ぶ
・アクションを起こす:ビジネスが利益を獲得する準備をする第4章 ビジネスの健全度を評価する
・自分のビジネスの真実を受け入れる
・プロフィットファーストは、あなたのビジネスに集中、合理化、革新を要求する
・インスタント・アセスメントの概要
・これらのパーセンテージや数値が意味するもの
・パニックにならない
・行動を起こす:インスタント・アセスメントを完了する
・これは必読【コラム】ビジネスが新しい場合
第5章 プロフィットファーストの配分比率
・金額の配分比率を設定する
・2つのよくある問題
・現在の配分比率-カレント・アロケーション・パーセンテージズ(CAPs)
・利益の配分比率とは
・オーナーの給料のTAP(目標配分比率)
・あなたの最も重要な従業員の給料を安くしないこと
・税金のTAP(目標配分比率)
・行動を起こす:あなたの高度な知識を適用する【コラム】多すぎる利益は過当競争を引き起こす
第6章 プロフィットファーストを実行に移す
・自分たちのビジネスが自分たちの生活の質を向上させる
・すべての取引から利益を生み出す、効率的なマシーンに変化させていく
・1日目
・ともに働いてくれる会計のプロを見つける
・CAPs(現在の配分比率)-気楽に始めよう
・小さな数字から始める
・およそのスタート地点が分かればいい
・やるべきことが水晶のような透明さで明確になる
・10日と25日のキャッシュフローリズム
・第1四半期
・お祝いのとき!
・税金を支払おう
・小さな一歩を踏み出そう
・1年目
・もしものときの備え
・プロフィットファーストは生き方である
・素晴らしい1年のために行動を起こそう第7章 借金をやっつけろ
・過激なダイエットでは借金から脱出できない
・使う楽しさより、貯める楽しさ
・最悪の月に備えて準備する
・新たな借金を凍結する
・書類を印刷し、マーキングする
・チームを筋肉質にする
・心にとめるべきは、人材を手放すこと
・さらなる削減のとき
・1日延ばしにする大きな効果
・もし銀行に100万ドルの借金があったなら…
・借金から抜け出す唯一の方法は、利益を上げること
・少しの努力で、大きな結果を生む
・行動を起こす:借金をなくせ!第8章 あなたのビジネスの中でお金を見つける
・お金は、あなたの会社の中のどこにでもある
・雨を降らせるより、井戸を掘る方が賢い
・利益は常に圧迫される
・効率性の2つの鍵
・半分の努力で2倍の結果を得るには?
・大きな問いかけが大きな発見を生む
・半分の努力で成果を2倍にしたUPSのイノベーション
・経費を少しずつ削減する
・悪い顧客を切り捨てる
・最良顧客のクローンを作る
・賢く売る
・行動を起こす:役に立たない重荷を下ろす【コラム】パレートの法則における重なり
第9章 プロフィットファースト応用編
・ただ口座を増やせばいい
・口座が増えても単純化できる
・金庫口座 ・在庫口座 ・通過口座 ・材料口座
・外注費・手数料口座 ・従業員給与口座 ・設備口座
・ドリップ口座 ・少額経費口座 ・前払い口座 ・消費税口座
・プロセスを書き出す
・月毎にものを考えるのを止める
・ビジネスのオーナーが2人以上いる場合
・銀行1で利益口座と税金口座が残高ゼロである理由
・資金を調達する
・新しい従業員を雇うかどうかをどのように決断するのか
・アクションを起こす:先へ進むプランを第10章 プロフィットファーストなライフスタイルを送る
・プロフィットファーストで自分の望むライフスタイルを手に入れる
・プロフィットファーストのライフスタイルとは
・救急ばんそうこうをはがす
・借金にさよならを告げる
・自分のライフスタイルを固定する
・プロフィットファーストキッズ
・行動を起こす:プロフィットファーストを生きる第11章 継続するための方法
・敵はあなた自身
・間違いナンバー1:一人で行う
・間違いナンバー2:多すぎる、早すぎる
・間違いナンバー3:成長が先(そして利益は後)
・間違いナンバー4:間違ったコストの削減
・間違いナンバー5:「再投資」
・間違いナンバー6:税金口座に手をつける
・間違いナンバー7:複雑にする
・間違いナンバー8:銀行口座を作らない
・プロフィットファーストプロフェッショナルズ(PFPS)
・行動を起こす:会計士と現実に向き合う
※お金のブロックパズル、ビジネスモデルキャンバスの説明については以下の記事をご参照ください。