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「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」

「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」

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  2021年10月6日

「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」

「スモールM&A」とは、中小企業のM&Aのことです。
M&Aで重要なプロセスの一つが「デューデリジェンス」(DD:価値やリスクの調査)です。
「デューデリジェンス」には、財務デューデリジェンスや法務デューデリジェンスなどいくつかの種類があります。

スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」(寺嶋直史氏・齋藤由紀夫氏 共著)はこのうち「ビジネスデューデリジェンス」 の具体的な方法について解説した実務書です。

中小企業のM&A支援に関わるアドバイザーにとって有益であることはもちろん、M&Aの当事者である中小企業の経営者にとっても参考になる内容ですので、ご紹介します。

1.中小企業のM&Aでビジネスデューデリジェンスが重要な理由は

中小企業のM&Aが注目されている背景としては、経営者の高齢化に伴う後継者不在の問題等があります。

ひと昔前は、お子さんなどの親族が事業承継することが一般的でしたが、お子さんが他の企業に就職しているなどの事情で後継者がいない企業も増えています。

後継者不在によって企業が存続できなくなると、雇用や企業が蓄積してきた経営資源が失われてしまいます。

国はこうした課題の一つの解決策して、M&A(第三者承継)を推進しており、2021年4月には経済産業省から「中小M&A推進計画」が発表されました。

(1)「中小M&A推進計画」 による中小企業M&Aの意義

「中小M&A推進計画」では、中小企業のM&Aの意義として、以下3点を挙げています。
意義①:経営資源の散逸の回避
意義②:生産性向上等の実現
意義③:リスクやコストを抑えた創業

また、生産性向上については「M&A は設備投資や研究開発等と並び、中小企業の生産性向上等の重要な手段の一つである」として、生産性向上の類型として以下を説明しています。

① 規模の拡大によるコア事業の強化・拡大
② 垂直統合によるコア事業の強化・拡大
③ 新規ビジネスへの参入
④ 成熟・衰退事業の再編
⑤ グループ内再編
⑥ 従来の経営スタイルからの発展(デジタルトランスフォーメーション等)

(2) M&A前後の取組みの不足

一方で「中小M&A推進計画」では「M&A前後の取組みの不足」として「M&Aプロセスにおいてやり直したい取組み」という下表の調査結果を紹介しています。

no M&Aプロセスにおいてやり直したい取組み 回答率 財務DD 事業DD 交渉 PMI
1 シナジー分析 18%
2 事業計画の立案/事業価値評価 16%
3 PMIの事前検討 16%
4 価格交渉 12%
5 M&A戦略の策定 10%
6 事業計画のレビュー 10%
7 詳細調査(ビジネス) 9%
8 M&A成立後の経営を任せる人材の検討 7%
9 詳細調査(財務) 6%
10 取引に付帯する諸条件の交渉 6%

【資料】KPMG「M&A Survey」(2019年3月)
(東京証券取引所一部上場企業292社から得た回答を元に「国内案件」の上位10項目を抽出)

上記回答を見ると「M&Aプロセスにおいてやり直したい取組み」の上位10項目のうち、5項目のシナジー分析、事業計画の立案/事業価値評価、M&A戦略の策定、事業計画のレビュー、詳細調査(ビジネス)が戦略立案・事業計画・ ビジネスデューデリジェンス(事業DD)関連です。

M&Aのプロセスにおいて、ビジネスデューデリジェンス(事業DD)が重要なプロセスであると同時に、現状では課題も多いということがわかります。

2.「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」の趣旨

「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」は、ビジネスデューデリジェンス(事業DD)が重要なプロセスでありながら、現状は課題が多い理由について以下のように説明しています。

・ビジネスDD(デューデリジェンス)の本質は事業再生コンサルティングである。本来のビジネスDDの役割は、事業の現状把握と問題点・強みを抽出すること。そして、シナジー効果のカギは、双方の「問題点」を解決し、「強み」を活用できるよう統合すること。

・ところが、事業再生の世界でも、ビジネスDDの実態は、単なる企業情報の整理に過ぎないことが多い。事業再生コンサルティングの実態は、ヤブ医者か営業マンとなっている。

・現状として、法務DD・財務DDは専門家が実施している一方で、ビジネスDDは未実施か素人が実施している状況となっている。

そして、ビジネスデューデリジェンスが不十分であったり精度が低いM&Aについて
「買物は『中身』を吟味して決定するのが当たり前。ビジネスDD未実施の企業買収は『中身』を理解せずに購入するようなもの」と警告しています。

専門家が一定の手順で実施できる法務DD・財務DDとは異なり、ビジネスデューデリジェンス(事業DD)は業界知識や事業戦略の理解等が必須となることから、適正な専門家が少ないということでもあるのでしょう。

3.「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」内容紹介

同書からいくつか抜粋して内容をご紹介します。

(1) デューデリジェンスに挑む基本姿勢

デューデリジェンスに挑む基本姿勢として以下5点が挙げられています。

① 譲渡価格は妥当だろうか
② 追加の必要資金はどれほど必要だろうか
③ 潜在的なリスクはどこにあるだろうか
対象企業の資産(取引先、人材等)をどのように活用できるだろうか
⑤ そもそもM&Aを進めてよいのだろうか

M&Aのその先にある統合後の事業計画達成のために対象企業の価値やリスクを把握することがデューデリジェンスの本質であることが理解できる視点です。

(2) デューデリジェンスの項目ごとの実施事項例

デューデリジェンスの項目ごとの実施事項例としては以下のように説明しています。

項目 具体例 主な実行者
財務DD
(税務含む)
・財務諸表が適切に処理されているか
・買収後の資金繰り予測
・グループ内、オーナー等の関連取引
・納税履歴 など
・財務・経理担当者
・会計士・税理士等
法務DD
(労務含む)
・締結している契約の調査
・紛争・訴訟の有無の調査
・労働関連法規違反の有無
・人員構成、組織構造 など
・法務担当者
・弁護士・司法書士等
・人事・総務担当者
・社会保険労務士等
ビジネスDD
(事業DD)
・買収後の計画についての実行可能性
・ノウハウや技術の調査
・既存ビジネスとの融合性 など
・経営者・役員・実行後の責任者
・その分野の専門家等

ビジネスデューデリジェンスの実施事項としては以下などとされており、M&A後の事業計画達成がその目的であることが再確認できます。

・買収後の計画についての実行可能性
・ノウハウや技術の調査
・既存ビジネスとの融合性

(3) スモールM&Aの失敗要因

スモールM&Aの失敗要因としては以下などが説明されています。

項目 デューデリジェンス不足・失敗 状況変化
財務DD
(税務含む)

・高値で買ってしまった
・粉飾決算
・簿外債務が出てきた
・偶発債務が出てきた
法務DD
(労務含む)
・コンプライアンス違反、法律違反があった ・法律・規制が変わった
ビジネスDD
(事業DD)

・シナジーがなかった
・技術・スキルのミスマッチ
・キーマン社員が辞めた
・お客さんが離れた
・販売条件が悪化
・仕入単価が悪化
・競争が激化した(市場が縮小した)
・風評被害の発生
・管理体制が崩れた
・予定外の支出
その他 ・売り手が不誠実であった ・事業計画未達成
・業績が悪化した
・事業が停止した

事業関連の項目が多く、ここからもビジネスデューデリジェンスの重要性がわかります。

このうち「予定外の支出」としては、たとえば、設備が老朽化しており、修繕や買替が必要なケースなどがあります。事業デューデリジェンスについては必ず現場での確認が必要と言えます。

(4) 赤字会社のデューデリジェンス8つのポイント

赤字会社のデューデリジェンスのポイントとしては以下の8点が挙げられています。

① 赤字要因は何なのか(一時的か慢性的か。改善可能か)
② 強み・特徴・ほしい何かがあるか(知的資産等)
③ 社長・キーマン・技術者の特徴(人)
④ 設備・不動産(モノ)
⑤ 事業継続のための資金繰り(カネ)
⑥ 債務・借入が適正か
⑦ 再生スキームの活用が可能か
⑧ 対象会社の社長は信用できるか・誠実か

上記②に「知的資産」という言葉が出てきます。そして、 熟練の投資家が「知的資産」を重視していることが説明されています。

(5) 熟練の投資家が注目する「知的資産」とは

熟練の投資家が重視する「知的資産」について同書から引用して紹介します。

「熟練の投資家はどこを見ているのでしょうか。当然ながら、決算書などの財務諸表、不動産・設備などの有形資産、商品・サービス等の確認は行います。これは、どの投資家、アドバイザーも同様です。

熟練者は、決算書や商品の裏側にある目に見えない資産を深く分析します。これらは『非認知資産』、『知的資産』といわれることもあります。この知的資産を投資家がどう活用するか、強みはどう伸ばすか、弱みはどう補うか、脅威はどう回避するか等を具体的にイメージします。

その際に活用される手法として、経済産業省が推進する『知的資産経営報告書』という分析手法があります。(中略)

決算書には出てこない非認知資産を見える化し、実行後どのように活性化し事業展開化するかを念頭に置いてデューデリジェンスを行うことが重要になります。

(6) 「知的資産」とビジネスデューデリジェンス

「知的資産」ごとのビジネスデューデリジェンスのポイント・着眼点については以下のように説明されています。

項目 調査項目 デューデリジェンスのポイント・着眼点
企業ビジョン・沿革・歴史 ・企業の生い立ち
・背景
知的資産などについてのヒントを得る。
人的資産 ・社長の役割
・キーマン社員の存在
・有資格者
・組織・チームワーク等
スモールM&Aの失敗は「人」に起因することが多く、特定の誰かに依存しているのか、しくみ化は可能かなどをヒアリングしながら分析する。
構造資産 ・生産工程
・販売・マーケティング
・回収の業務フロー
・工場・設備等
業務フローの「見える化」により課題をより明確にする。
関係資産 ・顧客
・提携先
・仕入先等
自社商品を販売できる先はないか、仕入先であればどのような商材を持っているのか、簡単に仕入口座を開設できない先など複眼的に分析する。
時間をかけて蓄積した資産 ・許認可
・施工実績・落札実績
・有資格者の人数
・教育体制
・安全管理面の整備等
買い手の経営者は、このビジネスをゼロから作り上げるのにどれだけの時間と資金を使う必要があるのかを計算する。
対象企業に不足しているもの(資金・信用など)を買い手企業が補うことで企業価値を上げることが可能と判断すると、対象企業が赤字や債務超過であっても価値があると判断できる。

「知的資産」の観点でビジネスデューデリジェンスを実施した上で、対象企業の価値をどう判断するかについては、以下のように説明されています。

「価格は最終的には買い手が決めます。価格とは、買い手の経営者・経営陣が回収できると判断したものであり『自信』を数値化したものと言い換えることができます。」

売り手企業が時間をかけて蓄積した資産 買い手の資金力・信用力・経営力 企業価値向上

赤字企業であっても買い手企業にとって価値ある強み・知的資産があり、買い手が業績改善できると判断すれば価値があると判断できるということでしょう。

4. 「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」目次紹介

「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」の目次は以下の通りです。

はじめに
第1章 M&Aのデューデリジェンス
第2章 M&Aの成功・失敗事例
第3章 M&Aのビジネスデューデリジェンスの本質
第4章 ビジネスデューデリジェンスに必要なフレームワーク
第5章 会社の実態を見極めるためのヒアリングのポイント
第6章 「数値」で会社の経営の全体像を把握する
第7章 PLで収益状況と利益構造を把握する
第8章 財務分析で収益性・効率性・生産性・安全性を把握する
第9章 外部環境分析
第10章 ビジネスデューデリジェンスの成果物「事業調査報告書」の全体構成と会社概要
第11章 内部環境分析 (1) 経営・組織活動
第12章 内部環境分析 (2) 営業・販売活動
第13章 内部環境分析 (3) 製造活動
第14章 内部環境分析 (4) 小売店・飲食店・サービス業
第15章 SWOT分析と総合評価
第16章 事業計画書とPMI
おわりに

「スモールM&Aのビジネスデューデリジェンス実務入門」

※ なお、借入を引継ぎ、安心して譲渡先を見つけるための「企業価値評価サービスのご案内」をご用意しています。

借入を引継ぎ、安心して譲渡先を見つけるための企業価値評価サービスのご案内

※ 経済産業省の「中小M&A推進計画」については、以下をご参照ください。

経済産業省「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会 取りまとめ – 中小M&A推進計画https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/shigenshuyaku/2021/210428torimatome.pdf

中小M&A推進計画」とは
https://www.officeair.net/small-ma-promotion-plan/

投稿者

この記事を書いた人

キャッシュフローコーチ®。経営数字と理念の専門家として、経営数字の見える化による意志決定支援と、社員が自律的に動き、成果が生まれるしくみ作りに取り組んでいる。 https://www.officeair.net



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